「どうなさったのですか?」 俯せに倒れている男は、鎧を纏った兵士のようだった。 ![]() フウは彼の背に手を添えて顔を覗き込む。体躯の良い男を抱き起こす事は、彼女には勿論無理であったし、動かせない怪我を負っている可能性もあった。 そして、顔に幾つもの打撲痕を残した顔がフウの方へ向けられた時、後者だった事をフウは悟った。 本当は男らしい顔立ちなのだろう。腫れ上がった瞼から微かに覗く瞳は澄んだ水色をしていた。けれども鼻は陥没し、薄紫の唇からは血が滴っている。金色の長い髪にはこびりついた血が固まっていた。 見えない目を必死で凝らす男は、フウの姿に僅かに眉を上げる。 「お前は…勇者フウか…。」 荒い息の間に言葉を紡ぐ。嫌な音が混じるのは気管に血液が入り込んでいるせいなのだろう。 「はい。」 コクリと頷くフウの横から、フェリオが男の肩を持ち上げるようにして上体を変えさせた。しかし、前身を目にした途端、表情は険しさを増した。 分厚い鎧にも係わらず、そこには中まで突き通った幾つもの裂傷が刻まれていた。フウの視線に、フェリオは無言で首を横に振る。 つまりは致命傷という事だ。 思わず眉尻を寄せたフウの腕に男は縋った。 「カルディナを、助けてやってくれ…。」 「カルディナさん?」 復唱したフウの表情をジッと見つめて、金髪の青年は微笑んだ。己の遺言を聞き届けてくれるのだと、悟ったからに違いなかった。 ハッと息を飲み、フウは(いけません)と声を張った。彼が命を繋いでいるのは(カルディナ)というな名に人間を助けたい一心なのだ。それを託す事によって、今にも消えてしまいそうな彼の命は本当に尽きてしまう。 「お話はお聞き致します、でも、今は、治癒魔法を…。」 「…アイツは騙されているだけなのだ…本当は…頼んだぞ…。」 血にまみれた掌でフウの手を握る。ギュッと一度だけ強く掴んだそれは、次ぎの瞬間にはパサリと地に落ちていた。 「お名前もお伺い出来ませんでしたわ。」 村の共同墓地へ死者を葬り、墓碑に名すら刻めない事にフウは表情を暗くした。 「お前に責任があるわけじゃない、でも放っておけば、犠牲者は増えるって訳だな…。」 二人に出逢う事がなければ、彼はたったひとりで朽ち果てていたはずだ。 それは、きっと今このセフィーロでは珍しい事ではないのだ。 腕を組み、墓碑を睨み付けていたフェリオの表情も重い。それを見遣って、フウはゆっくりと口を開いた。 「私は勇者です。責任がないなどと口が裂けても申し上げる事は出来ませんわ。」 けれどふるりと首を横に振って、フウは苦笑した。 「本当は勇者になろうなんて思ってはおりませんでした。 家系が勇者の血筋なのですが、私には姉がおります。 姉はとても強くて彼女が勇者になるものだと、家族は皆思っておりました。 でも今から一年前に、魔物を退治すると屋敷を出てそのまま行方不明になってしまって…。それから直ぐにセフィーロを脅かす魔王が現れて、私が勇者を継いだのですわ。 本当を言うと、魔王が姉の仇なのかもしれないと…私はそれを確かめに来たようなものでした。」 フウは墓碑をもう一度見つめて、そしてフェリオへと真っ直ぐに視線を向けた。 強い輝きで満たした翡翠は、どんな汚れも感じられない。 ![]() 話しの内容から、彼女は自嘲の笑みを浮かべているものかと思っていたフェリオは思いもよらない彼女の瞳に、胸の痛みを微かに感じる。 自分はどんな顔をしてフウを眺めているのか、そんな事が脳裏を巡った。 「姉が犠牲になったのなら…それも勿論許す事など出来ませんけれど、こうして罪もない方々が犠牲になるなんて、平和に暮らしている人々を踏みにじるような行為など誰にも許されませんわ。」 目を離す事が出来ず、フェリオはフウを見つめ続ける。 彼女もまた瞳を反らす事はない。時に悪戯じみた色を浮かべる瞳は、真摯な色に染まり決意が彼女の頬を紅潮させていた。 彼女の強さに、それ故の美しさにフェリオは心惹かれた。 「フェリオ、私は必ず魔王を倒します。どうか力を貸して下さい。」 next |