Blue[10] 長髪


クレフに書斎に顔を出した光を見たプレセアが、両手を握って頬に当てながら黄色い悲鳴を上げた。
「ヒカルの服可愛いわ。よく似合ってるし素敵ね!。」
「そ、そうかな。」
 プレセアの讃辞に光も頬を染めた。
「でも、きっとプレセアにも似合うと思うよ。こういう服。」
 プレセアは、光の言葉にえ?と言う顔してから、唇に人差し指を当ててう〜んと考え込む。じーっと、見つめられて、照れくさくて俯いていた光が、あっと声を上げた。
「プレセアは、セフィーロで最高位の創師なんだから、自分で作ればいいんだよ。ね!そうでしょう?」
 しかし、プレセアは首を横に振った。長い髪が大きく左右に揺れる。
「残念ながら、私は服飾は苦手なのよ。」
プレセアは困ったように笑う。
「そうなの?」
 最高位の創師と言えども、得手不得手はあるらしいと聞いて不思議そうな光の顔にプレセアは苦笑いをした。
「プレセアは、修業時代から服飾は苦手だったな。」
 書斎に座って、書物に目を通していたクレフが笑みを浮かべた。プレセアは頬を染めて、クレフを振り返る。
「導師、そのお話は…。」
「何々クレフ。修業中って?」
「私だって、生まれついての最高位の創師だったわけじゃないっていう事よ。あ〜んもう、恥ずかしいから聞かないで、ヒカル。」
 プレセアはそう言うと光に抱きついた。すりすりっと、光の柔らかな頬に自分の物をすり寄せる。光はくすぐったそうに笑った。
 しかし、いつでも自信満々に見えるプレセアが、苦手なものがあったり、修業時代があったりするのは、光にとっては不思議な事らしかった。
「でも、どうしてクレフが知ってるの?」
「私はプレセアの師匠とも古い馴染みだ。魔法防具や杖などを使う都合上、創師と魔導師は切っても切れない繋がりがある。」
 勿論剣士もだがと付け加えてからクレフは自分の杖を光に翳して見せた。
「これは、プレセアが私に創ってくれたものだが、壊れてしまった前の杖はその方が創作したものだった。確か王子の剣などは、プレセアの師匠の手のものだったと記憶している。」
 そうだったなと話を振られて、ええとプレセアは頷いた。
「ランティスの剣はどうだったかな、プレセア?」
 ちらりと自分を見ながら振られた話題に、プレセアは首を傾げてみせた。
「え、ええと、どうだったかしら?。」
 クレフは、光を見て微笑んだ。「折角だ、光が聞いて来てくれないか?。」
「うん。わかった。」
光は素直に頷くと、プレセアとクレフに手を振ってから部屋を出た。
「意地悪ですね。導師。」
 プレセアは未だに頬を紅く染めたまま、両手でそれを押さえていた。
「…話題を変えていただいたのは助かりましたが…。」
 クスクスと笑いながら、クレフはプレセアを見ている。少しだけ拗ねたように頬を膨らませながら、プレセアもクレフを見つめて微笑んだ。
「あの時も、貴方はそんな風に笑っていらっしゃいましたわね。」



   それは、クレフが何度目かの杖の修理に赴いた時の事だった。
 最高位と誉高い創師である男は、クレフの杖を見ながらにやりと笑う。「大層使い込まれた。」
 そして、豪快に笑い出す。
「剣士でもあるまいし、魔導師である貴方がどうしたらここまで杖を酷使できるのか伺いたいものだ。」
 そうして、彼は無造作に杖をクレフに放り投げた。
「修理なら、今は弟子にやらせている。工房にいるはずだからそっちへ行ってくれ。」
「弟子…?この間追い出したばかりではなかったか?」
「追い出したわけではない、出ていったんだ。しかし、今度の奴はきっと化ける。おそらくは極めるだろうな。」
 その言葉に、クレフは目を見開いた。その様子を面白そうに眺めていたが、彼はこう続けた。
「そうしたら、俺はこの鬱陶しい肩書きを譲って旅にでも出るつもりだ。」



 工房へと足を運んだクレフは、作業台の上で熱心に書物を読んでいる少女を見つけた。彼女の周りには、何十冊も本が積み重ねられており、その横の箱のなかには布切れが山になっている。
 あまりに熱中しているようで、声が掛け辛く、クレフは少しの間彼女を眺めていた。サラリとした金色の髪は、肩の長さ。顔立ちは可愛らしい。しかし、大きな強い輝きを秘めた瞳が印象的な少女だった。
 ふと顔を上げた少女は、クレフの姿を認めると驚いたように立ち上がる。
「…クレフ様…?」
 びっくりして、瞬きも忘れた大きな瞳が自分に向けられると、クレフは微笑んでみせた。
「確かに私はクレフだが、どこかで会った事がありますか?」
 少女はふるふるっと首を横に振り、赤い頬をしながらこう告げる。
「申し訳ありません。師匠からお話は聞いていたのですが、実際にお目にかかれるとは思っていませんでしたので。」
 そしてペコリと頭を下げる。クレフは頭を上げた少女に自分の杖を差し出した。
「修理をお願いしたいのだが、いいだろうか…え…と。」
「プレセアと言います。はい、させて頂きます。」
 少女は屈託のない笑顔を見せて、自信満々作業を開始した。
そうして、さしたる時間も掛かる事無く、杖は自分の手に戻される。
「如何ですか?」
 プレセアがそう問い掛けると、椅子に腰掛け杖を手にして見つめていたクレフから笑顔が返る。
「申し分無い。なるほど、あの男が褒めるのも道理だ。」
 しかし、その言葉に反するようにプレセアは眉を潜めた。
 何か悪い事でも言ったしまったのかとクレフが心配そうな顔になったのを見て、プレセアは笑顔を戻す。それでも表情は困ったように見えた。
「こういう、剣とか杖とかは得意なんですが、服飾が全然駄目なんです…。」
 ああ、とクレフは気が付いた。彼女の横にある布は出来損ないたちの山なのだと。
「師匠が、『創師』を名乗るつもりなら、創作する物は一通り出来てしかるべきだとおっしゃるんです。私もそうだとは思うのですが…未だに駄目で…。」
 先程の、輝くような瞳に影が落ちていく。
 クレフも眉を潜めた。両手を前で組み、まるで祈っているように見える少女に手を差し伸べてやりたいと感じたのは、何か特別な感情だったのか…。
「どう…駄目なのだ?」
「繊維の構築とその繰り返しが苦手で…師匠が仰るのは、思い入れである心の力不足だと…。」
「そうか。」
 クレフはそう言うと迷わず自分の法衣を引き裂いた。
袖から脇に掛けて裂け目が出来る。そして、目の前でいきなりそうされ、驚いて言葉も無いプレセアにこう声を掛けた。
「これを直して欲しい。このままでは、家に帰れない。
 プレセア、私を助けてくれないか?」
 優しく微笑むクレフに、プレセアの瞳は見開かれる。しかし、キュッと唇を引き結ぶと頷いた。
 両手を服に翳すようにして、目を閉じる。うっすらと額に汗が浮かぶ頃にはクレフの法衣は元の姿に戻っていた。
 恐る恐る瞼を上げ、それを見た少女の瞳が喜びに変わる。
「…出…来た…。」
 感激のあまりか、気が抜けたのか、床に座り込んでしまった少女の髪を優しく撫でてやりながら、クレフは話掛けた。
「今は、短い構築でしかないが、そうだな…今は短いお前の髪がいつしか長くなっていくように、きっと続けていくことが出来るようになるだろう。お前にはその力があるのだから。」
 目尻に涙を浮かべた少女は、何度もコクコクと頷いた。
「ありがとうございます。クレフ様。」



「…あれから、お前はずっと髪を伸ばしているんだったな…。」
「はい。でも、思ったほどに、服飾は得意にはなりませんでしたけれど。」
プレセアは、自分の長い髪を手で梳きながらクスリと笑った。モコナにぶら下がられたくらいの事です。と付け加える。
 しかし、クレフはこう続けた。
「それでも、お前は最高位の創師になって、随分私の力になってくれた。心から感謝している。」
 クレフの言葉にプレセアが再び頬を染めた時、息を上げた光が部屋へ飛び込んできた。
「ランティスはプレセアに創ってもらったって!創師が自分の 創ったものを覚えていないなんて、変だって首を捻っていたけど?」
「ど忘れって言うものよ。ああ、そうそう私が創ったのよね。」
 プレセアはにこにこと笑った。実際、彼女は忘れていたわけでは無い。クレフが、堪えきれずに忍び笑いをする。
「もう、導師!」
 声を張ったプレセアに、はははとクレフは笑う。
 振り返った彼女の長い髪がサラリと揺れた。それは、自分と彼女の歩いてきた記憶のような気がして、クレフは感慨深く目を細める。

 そう言えば、とクレフはプレセアを見つめた。

「…私がお前の長い髪が好きだと伝えた事があっただろうか?」

 吃驚したようなプレセアの顔がすぐに笑みで溢れる。そうして、輝くような瞳はあの時のままにクレフに向けられた。



〜fin



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