Blue[8] 誓言


「なんか、もの足りないわよね。」
 そう言い出したのは海だった。
 魔法騎士達を囲んでのお茶会の真っ最中。この城の主だったものは皆テーブルに付いていた。
「何が足らないんですの?」
 風の問い掛けに、海は両手を大きく前に持って来て交差させると胸元まで引き寄せた。そして、こう付け加える。
「ふわふわ。」
「あ!モコナだね?」
 光が大きく身を乗り出した。ああ…と風も微笑む。
「あの手触りや抱き心地は、あの方以外では味わえませんわよね。」
「そうなのよ。一度味わっちゃうと病みつきって言うか…でも神様だったのよね。」
 頬杖付きながら溜息を付く。
「あの、感触なら聖地に住んでる何とかっていうのに似てるよな。」
 三人の話を聞いていたフェリオがそう言うと、海も光も目を輝かせてフェリオを見つめる。
「何とかってなに?」
「…………忘れた。………おいアスコットお前知ってるだろ?」
 海に睨まれたフェリオは、慌ててアスコットに話しを振った。海の視線が自分を向くと、アスコットは頬を染める。
「僕も一回しか見た事が無いよ。モコナよりももっと小さくて細長いんだけど…あ、触った事ないや…。集団で暮らしてて、臆病で滅多に人前に姿を見せないんだ。」
 ほおとクレフが声を上げた。
「お前は見たのか、私も長らく生きてきたが三回ほどしか見てはいない。感触は確かにモコナに似ていたかもしれないな…。」
 感心するように頷くクレフを見ていた海がお願いっとアスコットを振り返る。
「ええ!?」
 会いたいの!海は両手を顔の前で祈るように合わせる。
 キラキラと目を輝かせて、自分を見つめる海の瞳にアスコットは逆らえない。頷きそうになった彼に、低い剣士の声が響いた。
「止めておけ。」
 一瞬その場が静まりかえる。光の横で会話に関わる事もなくお茶をすすっていたランティスの声を、その場にいたもの全員が、今日始めて聞いた気がした。
「どうしてだ?。」
 そのままお茶を飲み続ける剣士に光が問う。
「そう簡単に見つかるものでは無いからだ。出来ない約束ならしない方がいい。」
「待てよアスコット、見つける事が難しいって事くらいお前だってわかるだろ?それに、自分が言い出したからってウミが困っているんだぞ。」
 先程の彼女の様子を伝えたフェリオに対してアスコットは余計に不機嫌になる。彼女の名前は今は逆効果だった。
「どうせ、僕には見つけられないって思ってるんだろ?」
「誰もそんなこと…頭を冷やせって言ってるんだ。まるで子供みたいだぞ。」
「どうせ、僕は子供だよ!身体がでっかいだけのただの子供だ!」
「いい加減にしろ!」
 フェリオも腹据えかねたのか、怒鳴り返した。流石にバツが悪そうに横を向いてボソリと呟く。
「探すって僕が決めたんだからいいだろ。」
「…わかった、止めない。」
 フェリオはそう言うと足を止めた。
「俺は、お前が子供だとか思った事なんか無い。なら、口に出してしまった言葉に責任をとらなければならない事もわかっているんだろうな?」
アスコットはフェリオの言葉に頷いた。
 ウミの為にも頑張りたいと思っているのは本当だ。剣士の言葉に意地を張っているわけじゃない。
 自分の中でそう繰り返してから、もう一度頷く。その様子にフェリオも何も言わなかった。



「どうしよう。」
 これで何回足を運んだだろうか?
 魔法騎士達も東京へ帰ってから数日、暇を見つけては確認した場所に足を運んでみたが、痕跡すら発見できない。
 疲労困憊も手伝って、アスコットは廊下の隅で膝を抱えて丸くなっていた。
 簡単に考えていたわけでは無かったが、何とかなるだろうと思っていたのは確かだった。それに…。
「こんなに困ってるんだから、手伝ってくれたっていいじゃないか…皆冷たいや。」  小さな子供がするように、責任を転嫁してフンと鼻を鳴らした。

 もうどうでもいい。
 どうせ自分になんか見つからないんだ。
 そう思い、投げ出してしまおうと考えていたアスコットの頭上から声がした。
「止めるのか?出来ない約束ならしない方がいいと忠告したと思うが。」
 自分を見下ろすランティスに、アスコットはムッと立ち上がった。
「誰も諦めるなんて言ってないだろ!」
「そうか…。」
 ふっと、ランティスは笑みを浮かべる。そして、そのまま立ち去った。
 なんだ、まだ立ち上がれるんだ。
 アスコットは奇妙に感動しながら、意味不明の剣士の行動に頭を捻った。しかし、立ち上がったからと言って何か宛があるわけではない。
 再度座り込みそうになったアスコットは、自分を見つめているフェリオに気が付いた。心配してくれたフェリオに対しては、悪態を付いた手前本当にきまりが悪く、謝罪の言葉を口にしたいと思っていた。
けれど、なかなか素直には言い出せない。
「あ、あの…王子…。」
 しかし、フェリオは何も言わず、アスコットの横を通り過ぎると執務室の扉に消えた。
 彼が怒っていたとしても無理はない。
 がっくりくるとはこの事だ。本当にまた座り込みそうになったアスコットの目の前で扉が開く。
「王子?」
 きつい表情のまま、フェリオは紙を手渡した。
「一応、昔の文献を調べて、資料を作っておいた。」
「え?」
 アスコットはそれを受取り、眺める。
 詳細な場所や時期、条件。細かく分析されたその情報に目を見開く。あれだけある仕事の合間を縫って、自分の為にこれを作ってくれたのかと思うと胸に詰まるものがあった。
「諦めるなよ。お前らしくもない。」
 フェリオはそう言うと、表情を緩めて執務室に戻っていった。
 その姿が霞んで見えたのは、涙が浮かんできたからだ。ゴシゴシとそれを袖で拭くと立ち上がった。
 その彼の背から名前が呼ばれた。
 振り返るとカルディナの姿。手にした大きな籠をアスコットに押し付けた。
「どうせ、あんたの事やから、後先考えてへんのやろ。腹ごしらえは大事やで。」
「カルディナ…。」
「城のお手伝いの方はラファーガがなんとかしておくゆうとったから。」

 エントランスにはクレフが佇んでいて、アスコットの姿を見ると微笑んだ。
「そろそろ、来る頃だと思っていたよ。」
「導師?」
「聖地の奥にはお前の友達では入り込む事は出来ないぞ。フューラを使うといい。」
 宙に浮かぶ大きな魚は、返事をするようにびちびちと勢い良く尻尾を振った。
「気を付けて行って来なさい。」
 そう言うとクレフは微笑み、立ち尽くすアスコットに背を向けて、城内へ帰っていく。

 誰が冷たいと思ったのだろう?
 僕の事を信じて、自分が出来ることをしてくれた人達に、一体何を望んでいたのだろうか?
 アスコットは、溜まった涙を袖で拭うと心に誓う。
諦めない。
 見つからないかもしれない、でも諦めずに気が済むまで探そう。これが自分の出来る全てで、約束だ。


 数日後、奇妙な白い生き物を見つめる魔法騎士達の姿をセフィーロ城で見る事が出来た。感慨深そうに見つめているのは海。暫く眺めてから、困ったように目と眉を寄せる。
「これって、あれに似てるわね?」
「ムー●ンに出ていらっしゃるあの方々ですわね。」
にこにこと見つめる風の横から手が出る。
「本当にモコナに感触が似てるのかな?」
 光が両手で掴むと、ビーズが詰まったクッションのようにぐにゃぐにゃとした手触りだった。思わず手を引っ込めて一言。
「…ちょっと、…違うかも…。」
 う〜んと唸った海は、それでもアスコットには笑顔を向けた。
「本当は駄目だと思ってたのよ。アスコットありがとう。」
 満面の笑みにアスコットは、頬を染めた。
「皆のお陰だよ。」
「皆?誰もそんな事言ってなかったわ。」
 海は不思議そうに小首を傾げた。ここへ来て、自分がアスコットを手伝ったと言った人間など一人たりともいなかった。
 なので海は、彼ひとりでこの精獣を見つけたと思っていたのだ。
「見つけたのは僕だけど、でもこれは絶対に見つけると誓った人達のお陰だよ。」
そう言ってアスコットは自慢気に微笑んだ。


〜fin



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