Blue[6] 導師


 窓辺には月光が明かりを灯しているものの、カーテンに仕切られた部屋でのあかりは、彼の机のランプだけ。
 揺れる炎に照らされた、綺麗な横顔を海はジッと見つめていた。
 まるで女性のように細く繊細な顔立ちに、薄い紫の髪が良く似合っている。どんなに見ていても見飽きる事などない。
 カリカリというペンを滑らす音だけが、響いて。
 しかし、心地良くて。
 いつしか目を閉じていた。



「先に眠っていてもいいぞ。」
 クレフの声で、海はハッと目を開けた。心配そうに眉を潜めた彼の顔が自分を見ている。
「こんなに遅くなるはずではなかったのだが、ウミも疲れているだろ?」
「大丈夫よ。」
 海はそう言い、眠気を振り払うように立ち上がった。
「お茶でも入れるわ。クレフも飲むでしょう?」
「ああ、すまない。」
 そう言うと、彼は再び視線を机上に戻した。



 優しいのはわかってる。でも、よ?。
 久しぶりに会ったのに、ろくに話しもしないで眠れるわけないじゃないの?それとも、クレフはそんな些細なこと気にならないものなの?



 海は、小さく溜息をつくと棚に置いてある茶道具を取り出し、仕度を始める。いつの間にか覚えてしまっている、お茶の分量や砂糖の数に気が付くと、思わず笑みが零れた。
「どうした?何か可笑しいことでもあったのか?」
 クスリと笑った海の気配にクレフが声を掛ける。
「ううん。何でもないわ。…あら?」
 お茶道具の中に、瑠璃色のティーカップを見つけて声を上げる。縁も花びらような模様がつけられていて、とても可愛らしかった。
「凄く可愛いカップ…どうしたの?これ」
「そうか、気に入ってくれたか。」
 クレフはそう言うと優しい笑顔を海に向けた。
「お前もよくここでお茶を飲むから、この間街へ出掛けた時に買っておいた。私の見立てなのであまり自信がなかったんだが…。」
「そんなことないわ!。凄く可愛い!!。」
 そして、海は驚きの表情のままクレフに言う。
「私の為に買っておいてくれたの?」
「そうだ。あまり何度も言わせるな、照れてしまう。」
 クレフはそう言うと、少し赤くなった頬を隠すように横を向き、仕事に戻る。
 海はティーカップを手にうっとりとその横顔を見つめていた。彼は自分の事を(このセフィーロにいない間でも忘れてはいない)という事実が彼女の心を満たしていた。不安になる事などどこにもなかったのだから。
 海は暫くそうしてから、思い出したようにお茶の用意を続けた。
 ポットにお湯を注いで、クレフの分にお茶を注ぎ、自分のものとなった瑠璃色のカップにも注ごうとして、ハタと考え込んだ。
「ありがとう。」
 クレフは、海に差し出されたお茶を一口飲んで、彼女が自分のお茶を入れていないことに気付く。
「ウミは飲まないのか?」
「だって…。」
 彼女は、今まで座っていた椅子の横にサイドテーブルを運びクレフからもらったカップを置いた。そして、また椅子に腰掛ける。
「お茶を入れるのが勿体ないんですもの。」
 そう言うと椅子の腕置きに両手を重ね、その上に頭を置いてカップを見つめている。
 笑顔で頬を染めながら、自分からの贈り物を眺める少女の姿は、あまりにも可愛らしく愛おしい。

 早く仕事を終わらせてしまわないと…。クレフはそう思い尚更仕事に没頭した。

 どれほど時間がたったのか、仕事を終えたクレフが海の名を呼ぶが返事がない。見ると、椅子にもたれ掛かって眠っていた。綺麗な髪がさらりと肩からこぼれ落ちる。
クレフは彼女の横へ行き、頬にかかったその髪を手に取ると、少女の耳元に掛けてやる。
くすぐったそうに、頭を揺らして少女は言葉を唇にのせた。
「…クレフ…。大好き…。」
 彼女はまだ眠っていた。
 こんなに無防備な信頼を受けてしまっては、容易に行動を起こすわけにもいかないな…とクレフは苦笑した。

そうして、ゆっくりと眠り姫の頬に口付けを落とす。

 月明かりの中。
 それは、おとぎ話の一場面のような仕草。



〜fin



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