Blue[1] 友情


※注意 これは私が書いている長編の設定になってます。

 王座に座っている少年の姿を見た時、アスコットは息を飲んだ。
「…ふぇ…フェリオ!?」
「よぉ。」
 軽い挨拶と共に片手を上げて見せると、横にいた導師がこほんと咳払いをした。
「王子。」
 窘めるように彼の身分を呼ぶ。それには頷いてから、フェリオは立ち上がった。
「俺の部屋ででも、話しをしよう。」
 そして、マントを翻すと台座を降りスタスタと歩いていく。
 アスコットは瞬きを繰り返してから慌てて後を追いかけた。そして、彼の後ろ姿を見ながらまるであの時と同じだと考えていた。



 その時自分は一人だった。
 セフィーロの崩壊の中。自分はカルディナとはぐれてしまっていた。たまたま彼女と離れていた時に大きな崩壊が起こり、姿を見失ってしまったのだ。
 魔獣達と共にしばらくはそこに留まり彼女を探したが、見つける事は出来なかった。そして、その場所も足場を失った床のように急速に崩れはじめている。

『安全な所に避難するんや。』

 アスコットは彼女の言葉を思い出し、きっとカルディナもそれに従っているものと信じる事にした。とにかく処にいては、自分の命も危ない。
 アスコットは集中して人の気配を探した。しかし、周りには、全く生きているものの気配はしなかった。 周りにあるものといえば、魔物の気配だけ。
 襲ってくるそれらを交わしながら、荒野を歩き続けるのは限界があった。
 倒しても倒しても現れる魔物たちに、諦めに近い気持ちを抱いた時、自分達を囲んでいた魔物の輪が急に崩れた。
 はっと目を見開くと、大振りの剣を操る少年、魔物達を切り裂いていた。
 ザガートのところにいた、ラファーガという剣闘士にも匹敵するであろう強さにアスコットは目を見開く。しかし、自分の友達にも刃が向けられて、アスコットは少年と魔獣の間に立ち塞がった。
「止めろ!これは僕の友達だ!」
 自分の背丈よりも大きな剣を振り下ろしてきた少年は、アスコットの喉元にそれを押し当てると静止した。彼の琥珀の瞳が微かに細められる。
「…人…か?」
 アスコットはゴクリと唾を飲むと頷いた。訝しそうな表情をしながら、少年は剣を下ろす。
「魔物が友達…?」
 あくまでも疑惑の表情を消さない少年にアスコットの表情も固くなる。少年の表情や態度はなれたものだ。でも、それで怒ったり憤ったりはしない。ウミがそう教えてくれたから。
「…疑うんならそれでもいいよ。僕は嘘をついて無いし、この子達は人を襲ったりするような事はしない!。」
きっぱりと言い切ったアスコットに、少年も呆れた表情になる。ふむと顎に手を当てて考える顔をしてから、まあいいさと呟く。
「召喚師なら、願ってもない。早く城へ避難してくれ。」
「城?」
「セフィーロ城。」
 短くそう言ってから、ある方向へ指を示した。「あっちだ。」
 気を凝らすと微かな魔力の集約を感じた。かなりの遠方でこの魔力なら、近付けばそうとうのものだろう。
「導師を中心に魔法の力で形作っている。…此処ももう直ぐ崩れる。急ぐぞ。」
 少年はくるりときびすを返した。アスコットは慌ててその後ろ姿を追う。
 肩に剣を乗せて、先程自分が指し示した方向に歩いて行く少年の後ろ姿にアスコットは話し掛けた。
「…歩くの?」
「さっき逃げ遅れた人がいたんで、乗ってきた精獣は貸した。お前も、飛べる魔獣がいるのなら乗って行った方が早いぞ。」
「魔物にやられて翼を怪我してる。無理はさせたくないから歩く。」
 少年は目を瞬かせて笑う。「随分行動的な召喚師だな。」
「僕はアスコットって言うんだ。」
 なんだか、酷く子供扱いをされた気がしてアスコットはそう言うと、少年も一呼吸おいてからこう名乗った。
「…俺はフェリオだ。」



 セフィーロ城まで二人で歩き、城門で別れたのは数ヶ月前。
 彼の事は気になってはいたものの、カルディナとの再開や、日々の生活の中で術者達に問い合わせる事も出来ないまま…の矢先の呼び出しだった。
 あの時の剣士がよもやセフィーロの王子だとは夢にも思ってもいなかった。
 自分の事を『行動的な召喚師』などと言ったわりに、彼こそ『無茶をする王子』なのではないだろうか。
出されたお茶を飲み込んで、アスコットはやっと落ち着いたような気がした。
「…フェリオって王族だったんだ。」
「まあな。…でもただの雑用係みたいなものだよ。むやみやたらに忙しいし。導師クレフの方がよっぽど威厳があるしな。」
そ う言うと苦笑いをする。何と言ってよいかわからず、アスコットはコクリとまたお茶を飲み込む。確かにこうしていても、ひっきりなし術者達が扉を叩き、彼から指示や許可を受けて部屋から出ていく。
「鬱陶しいだろ?悪いな。」
 フェリオはそう言って困った顔で笑いながら、自分と向かい合った椅子に戻ってくる。
 机には細かな指示書が載っていた。この城の実質的な運営は彼にまかされているのかもしれない。

 そしてアスコットは気が付いた。
 城の中で魔獣を役に立てたいと申し出た時、本当は却下されるものと思っていた。しかし、結果はあっさりと許可が下り、自分の友達はこの城で働いている。
 不思議に思っていたのだが、今思えば、彼が手を回していてくれたからに違いなかった。
 フェリオは、ウミと同じく自分の言葉を信じてくれたのだ。
『魔獣達は自分の友達で、悪い事などしない。』そう言った自分の言葉を…。



「セフィーロはどうなるのかな…。」
 アスコットがポツリと呟いた。
「わからない。次の柱が見つかれば、地は戻るだろうが…それはただ繰り返すだけだ。」
 フェリオはそう答えて、荒涼とした景色に目を移す。つられるように、アスコットもまた外を見つめた。
 暗い空に荒れ果てた大地、そして闊歩する魔物達。
「でも、何も諦めたくは無い。彼女達が辛い思いをして守ってくれたこの地も、姉上が命を掛けた人々の幸せも…。」
 その言葉にアスコットはぎょっとして顔を戻した。
「エメロード姫って、フェリオのお姉さんだったの!?」
 まじまじと穴が空くのではないかと思える程に自分の顔を見つめるアスコットにクスリとフェリオは笑った。
「ああ、似ても似つかないからわからないだろ?」
「う…ん、どうかな…。そうかな…。そうかも…。」
 控えめなアスコットの言葉にフェリオはお腹を抱えて笑い出す。
「笑わなくたっていいだろう、僕だって、一生懸命言葉を探したんだからね。」
「悪い悪い。全く似ていないと自負してるから、遠慮無く言ってくれて構わない。姉上ほどに強い心があるわけでも無いしな。」
「…強い心か…フェリオは知らないよね。魔法騎士…なんて。」
 アスコットは何気なく呟いたつもりだったのだが、フェリオはその言葉に顔色を変えた。
「!?なんでお前が知っているんだ!?それは、柱に近しいものしか知らない言葉だぞ。」
 フェリオの剣幕にアスコットは驚愕する。その表情を見たフェリオは、眉を潜め声を落とした。
「それに…一部の者達には『柱殺し』として忌み嫌われる言葉でもある…滅多なことで口にするな。」
「…フェリオは知っているんだ?彼女達ってさっき言ったよね。それって魔法騎士達の事?。」
「ああ。」
 低く唸るように答えて、フェリオは鋭い目つきでアスコットを見つめた。暫くそうしていたが、得心がいったと言うように頷く。
「…そうか、お前もアルシオーネと一緒でザガートに組みしていたもの…だな?」
 アスコットは正直に頷いた。ザガートの手伝いをしていた。それは紛れもない事実。
 そこから逃げるという事は、一生嘘を付き通すと言う事になる。そして、そこに信頼は生まれはしないだろう。
「…ごめん。僕、騙すつもりだったわけじゃ…でも、ここにいるわけにはいかないよね…。」
 項垂れたアスコットの肩を叩いて、フェリオは笑って首を横に振った。
「そんな事はない。俺達はもう仲間で、大事な友達だろ?それに、アスコットやアスコットの友人達の手助けでも城は助かっている。」
 笑顔を返すフェリオに、アスコットも笑顔を返す。そして、フェリオはふと表情を戻し、そして呟いた。
「彼女達の事を悪く言う人間は確かにいる。けれど、俺はそうは思わない。あの戦いの中で一番辛い思いをしたのは彼女達だ。」
「ウミも…?」
「そうだな。ウミもヒカルも…フウもだ。他の人達には話す事は出来ないが、アスコットお前なら、魔法騎士達の…彼女達の話しをしてもいいだろうか?。」
フェリオの問い掛けにアスコットは大きく頷いた。
「僕も聞きたいことや話したい事は沢山あるんだ。」



〜fin



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