情景[1]


 「運命はただ享受すればいいってもんじゃないさ。」

 自分の執務室の一角に陣取る男がそう呟いた。

 しかし、ジェイドは走らせているペンを止める事は無い。
 わざとなのか、それとも聞き取れないと思ったのか、自分に背中を向けている彼の表情は掴めない。それは、今日に限ったことではなく、彼−ピオニー9世陛下−の言動は常に自分の範疇を超えていた。常…そう幼い頃から…だ。

「いつまでいるつもりですか?ガイが探しにきますよ。」
 聞こえなかったふりをしてそう言うと、体勢はそのままで顔だけ斜めに向けてくる。背中にサラリと金髪が揺れて、蒼い…蒼天を思わせる瞳がこちらを向いた。

  「ルークが…。」
「は?」
「ガイラルディアはルークが逃げ出したから探しに行ってる。」
 彼がブウサギのルークにまで、振り回されているのかと思うと、苦笑が唇に乗った。真性の苦労性だ、あの男も。
「…その顔…。」
 ピオニーが眼を細めてくしゃっと笑う。
「悪の総帥っぽい。」
「…それなら、貴方でしょう?地位的にも問題はありませんし…。」
 眼鏡を指で上げながらそういうと、けらけらと笑う。
「やっぱ、お前が適役。」
 そう言い残すと、また反対を向いた。

 襟足から見える褐色の肌は、彼が異国の血を受けていると告げている。
あの地に軟禁されていた理由もそのあたりにあるのだろうと、推測も付いていた。詳しく調べようと思えば、それは簡単な事。

 追求するならばとことんという自分には珍しい事だと、ジェイドは一人語ちた。
わかっているのだ。幾ら眼の前の男の概要を調べたところで、彼の本質には近付けない事を。 予測が付かない。想定出来ない。一過性を感じない。

 結論から言えば、興味が尽きない。
 先程の独り言もしかり。
 
「ジェイド〜何か食うもんないか?」
「陛下…そこで菓子を食い散らかすのはやめて頂きたいのですが?」
「固いこと言うなよ〜。」

 執務室のカーペットを虫干しするたびに蟻が寄ってくるんですよ。と、困った顔をされる身にもなっていただきたいんですけれどね。

 しかし、ジェイドは溜息をつきながらも、食料を差し出した。

「お?うまそうだな。」
「そうですか?」
 ガイのバチカル土産に対する反応も上々。…ふむ。
とりあえず、資料に項目を増やす事で…今は満足しておこう。


〜fin



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