under the sky meets again


「あら、あら、どうしたのかしら?」
 弾む様なネビリムの声に、ジェイドは自分が危惧していた最悪の事態が訪れた事に気が付いた。いっそう、腹が立つと言えば、自分の失態が最後の留めをさしたという事実か。
 彼女は非常に楽しそうに、腰に手を当てながらゆっくりと階段を降りてくる。
さほど多くもない生徒達も立ち止まり、あるいはわざわざ教室から顔を覗かせて眺めていた。(見せ物じゃない。)ジェイドは心の中でそう呟く。
「朝から喧嘩はよくないわ。ジェイド、ピオニー、サフィール。」
 続けざまに名前を呼ばれ、三者三様の反応を返す。途端に泣きそうになったのは、勿論サフィールだ。
「ぼ、僕は、だって、こいつが、僕の音機関を…。」
 鼻をすすり上げながら、あの馬鹿−ピオニーと先生が呼んだ−を指で示す。視線は自然と、そいつに向かった。皆の注目が自分に集まった事を知ると、ピオニーはにこにこと笑う。悪びれた様子はまったく見られない。
「邪魔するつもりは無かったんだ。けど、こんな細かな音機関なんて見たことなくて、凄いなって。」
 凄いの一言に、サフィールがビクリと反応を示す。
「凄いに決まってるだろ! ジェイドが考えたんだよ、馬鹿じゃないの!?」  鼻水涙を垂らしたその顔で、勢い良く繰り出された反論に、あいつの水色の瞳は何度も瞬きを繰り返した。そして、ぐと息を飲むような強さを感じて、ジェイドの心は否定する。
 そんなもの、見えるはずも感じるはずもない。
「お前がつくったの?」
「理論だけだ。」
 そう応えたジェイドは、ピオニーの瞳が微かに細められたのを見てとって、思わず眉間に皺を寄せた。なんで、こいつは笑っているんだ?
「じゃあ、音機関を組み立てるこいつは『凄い奴』でいいんだな?」
「好きにすればいい。」
「ジェイドを馬鹿にするなー!!!」

 泥沼だ。

 ジェイドが溜息を付いたのと同時に、ネビリムが高らかな笑い声を上げた。
「最高ね、貴方達。」
「俺は何もしていません。」
 ジェイドの応えに、人差し指を顎にあて『ん〜』と思案していたが、にこと笑う。
「じゃあ、喧嘩の原因になっているように見える音機関、先生が預からせて貰おうかしら?」
 はいと手を差しだされ、サフィールはおろおろと自分を見つめる。これじゃあ、先生の思う壺じゃないか。
「俺は塾に初めてきたから、ルールを知らなかった。だから悪いのは俺なんじゃないか? ゲルダ。」
 きょんとした顔で、そう言ったのはピオニーだった。
「私の事は、ここでは『ネビリム先生』と呼んでちょうだい、ピオニー。」
 先生はくすと笑うと馬鹿の方に向き直った。
「ああ、確かに、規則を教えていなかったのは私だわ、これでは誰も怒れないわね。」
 先生はそう言うと、三人の頭を掌で軽く叩くと教室へ入りなさいと告げた。
 サフィールはホッと表情になり、ピオニーは何故かネフリーに中に入るんだってと誘い、ジェイドは内心のムッとした思いを押し殺した。
 偶然か故意かは知らないが、この馬鹿に助けられるとは思ってもみなかったし、その事が険に触れた。

 ざわりと胸に何か湧く。心地良いと感じるものではなく、それでいて不快だと一蹴出来ない。生まれ始めて感じる奇妙な感覚だった。

 むっとしたまま、顔を上げると、ネフリーと手を繋いだ(なんでだ)ピオニーが、俺に向かって片手を上げた。
「これからよろしくな、ジェイド。」
「…勝手にすれば。」
 口ではそう答えたが、これ以上の揉め事は御免だった。差し出された手を握る事なく、軽く触れるとジェイドは教室へと向かう。掌に残った相手の体温が生暖かく、ジェイドの居心地をなおさら悪くさせる。

 明るい日差しに包まれ始めた風景と同じように、変化をみせつつある現実は、この時はまだゆっくりとその片鱗を感じさせたに過ぎなかった。


content/未完