under the sky meets again


 普通の家庭。
 並んでいる町並みから、決して外れる事のない大きさの家。
真面目以外あまり取り柄の見つからない父親。家事をすることに疑問すら抱いていない母親。歳の離れた妹は、今可愛い盛りというものらしい。
 可もなく付加もない家族。
面白味に欠ける。嫌…いっそ此処まで平凡であることがある意味希有なのかもしれないと感じるほどに普通の家。平凡な暮らし。

 だからこそ、一層自分の異質さが目に付いた。

 最初は、自分と他人の差がわからなかった。
自分と同じように人も考え、思っているものだと信じていたし、そうなのだと思っていた。それが違うと感じたのは、記憶というものが構築されはじめた時期と大差ない頃なのだろう。
 母の眼が、父の表情が自分が『変』なのだと感じさせた。随分と歳の離れた子供を再び望んだ背景には、そんな事情が見え隠れする。



「行こう、ネフリー。」
 机の上にある二人分のランチを持つと、上着の釦を一生懸命止めている妹を即した。ネビリム先生の好意により、妹も私塾の塾生となり数日前から通い初めている。
「はい。」
 見ると上着は左右の長さが合っていないから、釦を掛け違っていることがわかったが、そのまま彼女の手を握る。にこにこと笑う可愛らしい顔がこちらを向いた。
 赤い眼と亜麻色の髪。鏡で見る自分の顔と作りは同じなのにどうしてこうも違って見えるのだろうか?

「お母さん、行ってきます。」
 ネフリーが奥の厨房に向かって声を掛けた。弾む様な彼女の声に、楽しげな母の声がした。『行ってらっしゃい、気をつけてね。先生の言う事を良く聞いて、良い子にしているのよ。』そして、やっと自分にも声が掛かるのだ。
「ジェイド、ネフリーも昼には日光浴をさせてやってね。」
「はい。」
 片手にランチを、もう片方の手に妹を持って家を出る。
道路の雪は跡形もなく消え、僅かな緑が風景のあちこちに彩りを添えている。今日は、それに加えて青い空と雲の切れ間に太陽すら見えた。
 雪国と呼ばれるこの地に、不似合いな景色けれど、他の人々は酷く嬉しそうで、ジェイドにはそれが良くわからない。
「お兄ちゃん、遠くの山には雪がいっぱいあるのに、道にはないね。」
 ロニール雪山を指さして、ネフリーが首を傾げる。
「高度が違うからね。」
「こうど?」
「先生が教えてくれるよ。」
 ふうんと言い、黙った。ジェイドは、妹が転ばない程度の早さで私塾に向かう。
兄の機嫌が悪いのだと察したらしく、その後はネフリーは話し掛けてはこない。そういうところは自分の妹だとジェイドは思う。

 ジェイドの不機嫌の理由はサフィールの音機関が、どうしても自分の思う通りの働きをしてくれないことにあった。
 ジェイドが今夢中になっているのは、第一〜第六音素全てを操る事。その為には、本で得られる知識ではなく、実際に自分の身体の数値を把握する必要があったのだ。けれど、サフィールが不出来な為に滞っていた。
使えない奴。
測定できないのなら、直接身体で測るしかない。いや、いっそサフィールで実験してみようか…?
 そんな事を考えながら、向うとネビリムの私塾の玄関に、子供がふたりしゃがみ込んでいるのが見えた。 片方はサフィール。ひょろりとした手足を畳み込んで座り、相も変わらず鼻水を垂れ流し、涙を浮かべながら手の中にある音機関をいじっている。

 そして、もうひとり。この不愉快な季節が姿を見せたようなその姿。

『あの時の馬鹿…。』
 ジェイドの記憶がそれを呼び出す。

 淡い金髪と水色の瞳。サフィールの手を覗き込みながら、何か話し掛けていた。
にこにこと笑う馬鹿に相反して、サフィールは珍しく険を見せているようで、相手の言うことに、反論しながらも手を緩める事はない。
「煩いよ!わかんないくせに!」
そうサフィールが叫ぶのが聞こえた。


content/ next