under the sky meets again


 開いた口を塞ぐのに若干の労力を疲労した。

 『こいつ馬鹿だ。』

 言い方が不遜に当たるというのなら世間知らずのおぼっちゃま。見知らぬモノに躊躇いなく手を伸ばす行為は、思慮深さに欠ける行為としか思えない。
 係わらないにこしたことは無い。
 立ち去ろうとした背中に、問い掛ける声がする。無視するとしつこく付きまとわれる可能性も捨て難かったので、簡素に言葉を返す。
 立ち去る後ろ姿を見ながら溜息が出た。

 なんて、つまらない。

 禁書に近いような本を購入するお金も、実験をするための器具や実験室も、それに必要な財力や権力を持ちながら、『馬鹿』だなんて随分と勿体ない事だとジェイドには思えた。
そんなつまらない奴らが、この地のカジノなどでお金を無駄していくというのならそれは自分に使われるべきだとジェイドは確信していた。
 自分の興味を充たす為のすべをいずれ手に入れる。そう、それは確かな『確信』なのだ。

 無駄に時間を過ごしてしまったせいで、思うよりも疲れた腕から本が落ちそうになる。軽く膝を曲げながら、脇の上に抱え込んだ。これで、家までは持つだろうと歩きだしたジェイドの耳に再び彼を呼ぶ声がした。

「ジェイド!ジェイド!!」
 
 無駄に大きな声が、道路を挟んだ反対側から聞こえる。
そんなに連呼しなくても、普通の耳になら充分に届いているだろう。しかし、その声の主は、そんな事など思考に登る事もなく、飽きもせず少年の名を呼んでいた。
 もっとも立ち止まらないジェイド自身にもその原因の一環はあったのだが。

「出来たよ!出来たんだ!!」

 初めて違う単語を叫ぶと、その少年は道路に飛び出した。
しかし、誰の目にもはっきりと映る走行中の馬車が前を通過し、それまで気付かず慌てた少年は足をとられて勢い良く頭から道路に滑り込む。
水分量の大きい雪が馬車によって解けていた水溜りは、転んだ少年の身体中を濡らし、泥は服を汚す。銀のような灰色のような少年の髪は泥ベタになり、道路に叩きつけられた顔からは、涙とも鼻水ともつかない液体が流れ出していた。
 べたりと道路に座り込んだまま、しゃくりあげる。嗚咽交じりの息が、細い肩を上下に揺らしていた。

 本来暖色を示す緋色の瞳が、冷ややかに見つめた。
「サフィール、持ってきてよ。」
 相手に対する心配の言葉など欠片もなかったが、サフィールと呼ばれた少年は、大きく口を開けてその紫色の瞳を輝かせた。
 まるで、飼い主に呼ばれた犬のようだと観た者なら思っただろう。
「うん。」
 袖で顔を拭き、汚れた服など気にもとめずに慌てて立ち上がり走り出す。一言だけ声を掛けたジェイドは、もう歩き出していた。
 縺れる足を懸命に進めて、なにしろサフィールの頭一個分程にジェイドは背が高く歩幅も大きかった、に追いついた。
「あ、あのね。ジェ「壊れてない?」」
「え?」サフィールは、自分のポケットに手を入れ小さな音機関を取り出すとぐるりとまわりを眺める。「大丈夫みたい。」
「そう。良かった。」
 肯定の言葉をサフィールは頭の中で何度も繰り返した。ジェイドが、自分を認めてくれている瞬間。そして、子供ながらに整った綺麗な横顔をうっとりと見つめる。


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