xing fate


 「貴方の髪と眼の色も随分綺麗よ。でも、肌や言葉もこの辺りでは見かけないわ。…別荘地に来ているのかしら?」
 やばいかな…。そう思ったが、こくりと頷く。『ああ、やっぱり。』彼女はそう言った。
「でも、お姉さんの言葉も少し違って聞こえる。」
「わかる?前はダアトに住んでいたの。
 お姉さんもいいんだけど、私の名前はゲルダ・ネビリムよ。そうそう、此処で私塾を開いているの。よければ来てみない?」
 ピオニーは、ふるふるっと首を横に振る。
「本当は、出歩いちゃ駄目だって言われてるんだ。
 行きたいと言っても、きっと許してもらえない。」
 じゃあ、こっそり来てもいいわよ。ネビリムはそう言い、笑う。
え?と問うと、だって抜け出してきたんでしょ?と返される。
 勿論図星だ。
 彼女は、悪戯な笑みを顔に浮かべてピオニーを覗き込む。

「私の趣味は、才能を囲う事。こっそり譜術を教えてあげるわ。貴方名前は?」

「ウ……。」
 幼少名を口にしかけて、慌てて閉じた。
 ピオニーがありふれた名前でも『ウパラ』は違う。暫くの間は身分を隠していただかなければならないので、万が一他人に聞かれたら『ピオニー』を名乗るようにと言われていた事を思い出す。
 全く別の名前を名乗ってはいけないのかと聞くと、完全な嘘では相手に見抜かれるからだと教えられた。
 不自然さを補うのは、いつもそこに混ぜられた真実だと。

「ピオニー…。」
「あら、カールじゃなくて残念ね。ケテルブルグといえばカールでしょ?」
 それでも、理知に富んで見える女性には、マルクト皇帝が名乗っていたものだと直ぐに知れたらしい。それ以上、言われるとぼろが出る気がしたが、彼女は何も言わなかった。
 じっと、自分を見つめる緋色の眼。柔らかで、優しい感じを受けるその一方で何処か違和感を感じた。
「ねえ、ネビリムさん。」
「ゲルダでいいわ、何?」
「ゲルダ、ここら辺の人はみんな眼が紅いのかな?」

 さっき出会った雪の化身も。

「本を両脇に抱えた、同い年位の奴に会ったけど、真っ赤で泣いているような眼をしてた。ゲルダみたいに…。」

 ピオニーの言葉に、ネビリムは彼の顔を見つめた。
自分を子供扱いしていたその表情が、影を落としたように見えたのはただの光の加減だったのだろうか?
「貴方には、その子も私も泣いているように見えるの?」
 コクリと頷く。ネビリムはそれをただ見つめる。
「どうしてって聞いても、きっと適当な答えは出て来ないわね。
 けれど、とても不思議な子ね。ピオニー。」
 そう言うと、ネビリムは微笑む。
何かは知らないが、自分の言葉が酷く彼女の興味を惹いた事だけはわかった。

「あの子はね。ジェイド、ジェイド・バルフォアって言うのよ。」

 そして、人差し指を唇に当てて、内緒話をするように声を潜める。

「私が囲っている才能の一人なの。」


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