xing fate


 吹き荒ぶ公園に子供はいない。
 奥に続く扉の向こうを覗こうとしたら、危険な魔物が多いので行かないようにと止められた。
完全に外れた当てに、さっきの雪の化身を捕まえておけばよかったとピオニーは本気で考える。
何年ぶりかで、折角外に出たのに誰とも遊べないなんて、何ともツマラナイ。
 ピオニーは、公園の真ん中に立ってる銅像に背中をもたれ掛けて座り込んだ。久しぶりに出歩いた反動か、身体が少しふらつく。

『寂しい。』

 急に心細くなり、普段あまり考えないようにしている感情が一気に噴出す。
膝を抱えて、それに頭を押し付けた。目尻に溜まりかけたものをそうやって押し留める。
 母はもう戻っては来ない。それは、わかった。理解した。
でも、思い出すらも少しづつ薄ぼんやりとしたものに変化していくのは、ただ悲しかった。

 そう言えば、母から教わった譜術も、もう随分唱えた事も無い。
手を差し出した。記憶をなぞって言葉を連ねる。
出来るだろうか?一抹の不安。しかし、それは唯の杞憂だったようだ。
 掌にと固定されたそれが、水塊を形づくった時、澄んだ女の声がした。

「ねぇ、貴方。譜術を使えるの?」

 ピオニーは、ドクリと鳴った自分の心臓の音にまた、驚いた。
やばかっただろうか…?
 貴族の別荘地となっている土地柄だと習った。爺さんだか、曾祖父さんだったかが開拓した…とも教わった。
 いや、違うそんな事じゃなくて、子供が譜術を使う事が珍しい土地柄だったのだろうか。
 ピオニーの気持ちに追い打ちをかけるように、女性の声が続く。
「きちんと構築されているのね。珍しいわ。」
 再び高く鳴った心臓に、顔を上げる事も出来ない。どうしよう、逃げ出した方がいいだろうかと、手の内のものを放り投げようとする寸前に、女性が詠唱するのが聞こえた。
 手の中の水塊に音素がふわりと重なったかと思うと、それは氷の塊に変わっていた。
「凄い!!!」
 警戒心を忘れたピオニーの眼に、雪のように白い髪と肌、紅い眼の女性が扉の前に立っているのが見えた。眼が合うとにっこりと微笑む。
 流石雪国。出逢う人間が皆白い!ピオニーは奇妙に感心する。

「どういたしまして。」
 ふふっと微笑む顔が断定美人だ。
 瞳の奥から漏れ光る輝きは、母の持っていたものともよく似ている。それでも、深い赤の奥底に揺らめきが見えて、この女の人も泣いているようだなんて思う。
「貴方の詠唱もとても綺麗な発音で、しっかりしているわ。基礎がしっかりしている方に教わったのね?」
 返事をしないでいると、何見てるの?そう問い掛けられる。
 ピオニーは至極真面目にこう答えた。
「お姉さん…綺麗だなって思って。」
 緋色の瞳が一瞬戸惑うように大きく見開かれ、クスクスっと笑い出した。


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