xing fate


 寒さは肌に直接ピリピリと突き刺さる。
けれど、母と暮らしていた土地の暑さも肌を刺すようだった。
外に出る時は、素肌を晒してはいけないと注意され、頭にも必ず何か被っている。
 ひょっとすると、暑いとか寒いとかいう感覚は、調度いいを間に挟んで同じ様なものなのかもしれないなぁなどと思う。
 けれど、この街が故郷と決定的に違うところに、ピオニーは直ぐに気が付いた。
音が無いのだ。白い雪に全部吸い込まれていくのか、元々音を出さないように暮らしているのか、此処には音が無い。
 雑踏になれていたピオニーには、生まれて初めて感じる不思議な感覚だった。

『色が無くて、音も無くて、まるでこの街は止まっているみたいだ…。』

 ピオニーはその足を止めて、空を見上げる。
舞い落ちる白い欠片。頬に当たると刺激を感じる程に冷たかった。
何処か、何かの底の方に自分がいるように感じた。ずーっと空の上の方に、行かなければならない場所があるような気がする。

「…邪魔なんだけど…。」

 かけられた声に振り向いたピオニーの目に、声の主が映る。
 自分と同い年位の少年。
 白い世界の中に溶けていきそうな真っ白い肌と紅い眼。唇には赤味が見えているけれど、頬にすら色が無い。整った顔立ちは人形を思わせる。
 短めの栗色の髪にはうっすらと雪が積もっていた。

 彼はそんな様子で両脇に本を何冊も抱えて歩道の真ん中に立っている。そして、自分が彼の進路を遮っていた事に気が付いた。
 前の釦を止めていなかったフードが落ちていた事に気付き、慌てて被り直してから、横に身体をずらす。
「ごめん。」
 少年は無言で通り過ぎて行く。すれ違う身体からも音が感じられない。

 お伽噺で読んだ、雪の化身ってこういうタイプなのかもしんない。

 ピオニーは、手を伸ばし、自分の横に並んだ少年の頭から雪を落とした。
驚いて大きく見開いた少年の目は、とても紅くて、とても綺麗な色。
 けれど、白目の部分との境でゆらゆら揺れているそれは、母を亡くした後の泣きはらした自分の瞳にも似ている気がする。
 
「頭、寒そうだったから。」
 ピオニーがにっこり笑ってそう言うと、思いがけず緋色の瞳に輝きが宿った。
あ、普通の人間だったんだ。なんてピオニーは思う。
 ムッとした表情で口を開きかけて閉じると、こちらを睨み付けてから歩き始めた。

「ねぇ、待ってよ!」
 ピオニーの呼び掛けに、そいつは胡散臭そうな顔で振り返る。
「…何…?」
「公園とかってないの?」
 言葉で返事はせずに、顎で方向を示した。
「階段の上。」
 意外と親切な奴だとピオニーは認識して、礼を言うと走り出した。
赤目の少年は、歳に似合わぬ眉間の皺と共に溜息をついてからその場を去った。


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