xing fate


 そっと、シーツの隙間から細い足首が降りてくる。床に触れると、その冷たさに再び空に持ち上がった。
 
「冷てぇ。」

 ピオニーは呟いて、溜息を付く。
今度は覚悟を決めて、ぺたりと足を床に付ける。寒さは足元から上がってきた。
ぶるぶるっと身体を震わせて外を眺める。
 街並みを移すそれはただ白く、空はただ黒かった。

 この土地−ケテルブルグ−に居を移してから、そろそろ一年になる。
けれど、此処の印象はピオニーにとってただ寒いだけ。
 カラリとした熱い土地に住んでいた身体の方も、同じように土地に馴染まずに、体調は崩れがちだった。
 この頃やっと微熱が長く続き怠い体が軽く感じられ、安定してきていると主治医も言っていた。一年がかりでやっと馴れた、そういう事なのだろう。
 そして、この白黒の世界にほんの僅かに訪れる『春』という時期が巡ってきているのだと、此処に長く努めているメイドが言っていた。
実際のところは、『春』がなんなのかピオニーは知らない。けれど、何かが変わるのだと理解した。

 そう、だから今日こそはと決心を固めたのだ。

『この屋敷を抜け出してやる』…と。

 そして、理由は『退屈』の一言で片付いた。



 防寒具一式は自室の中。
 父親がホテルに泊まりに来た時に何度か逢いに行ったので、その辺りの道なら、なんとかわかるだろう。
 頭の中に地図を作って歩けば、問題無い。
 いい具合に、家庭教師が私用で休むと言っていたから、午前も午後もがら空きだったはずで、おやつはいらないと言えばメイドも自室には入って来ない。
体調が悪く一日横になっている事も珍しくなかったから、物音がしなくたって気にしないだろう。
 これほどの、好条件が整った日に決行しない手は無い。
ピオニーはそう思う。後の事は、ユリアに任せておけばいいんだ。

 そそくさと着替えると、見張りの隙を見計らって外へと続く扉に辿りついた。使用人達が使う奥まった通路。そこに警護の者がいないことは知っている。
 足跡も無数に付いているし、不審に思われる事は無いだろう。
ピオニーは転がるように、扉をくぐり外へ抜け出した。



「やっぱ、寒っ…。」
 粉雪が降っている。風に吹かれて飛んでしまう雪はそう呼ぶらしい。
全て知識でしかなかったが、実際に見てみると、小麦粉に似て無くもない。
 行き交う人々は、故郷の人々と違う。
 寒いからか、皆、背中を丸めて人と視線を合わせずに足早に歩いていく。顔をじっくりと見られる事も無くピオニーにとっては好都合ではあった。


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