zero is ends and start


 そして、時を同じくして皇太子の身の振り方も決まる。
 暗殺者が差し向けられたとの報告に、忠臣達は皆(やはり)と口にした。
『皇帝の命は次期皇帝にピオニー殿下を指名したのだと考える輩は少なからずいるはずだ。』
 そして、危惧は現実となった、
 事実はそうではない。ただ、彼を守れというだけのもの。
 しかし、不幸な事にこの子供は金髪碧眼を産まれながらに持ち、次皇帝継承の預言は曖昧だ。今後も帝位をそしてその恩恵に預かろうとするものがやっきになって、この子供を亡き者にしようとするのは火を見るよりも明らかだった。
 そして彼等の争点は子供の安否ではなく、不測の事態に起こるば我が身の危惧。
 故に結論は早かった。
 皇帝のお気が静まり、幼い皇太子が我が身を守れる程に成長なさるまで、籠の中に入れておく。それが、彼等が出した答えだった。



「俺はぶうさぎを飼うぞ。」
 歩みを止める事なく、ピオニーはそう告げた。
苦笑する気配が背中から感じられる。前方からは、徐々に大きくなる喧噪。建物の前にも、大勢の国民が押し掛けているのだろう。
 即位する皇帝の姿を一目見る為に。
 こんな奥まったところからでも聞こえるなら、外ではどんな騒ぎになっているやら…と他人事のようにピオニーは思った。
 一呼吸おいて、ジェイドの声がした。 
「貴方は、昔からあれが好きでしたからね。」
「ああ。」
 答えを返して、初めてピオニーは歩みを止める。
「そんなところで、立ち止まらないで急いで下さい。ただでさえ、分刻みのスケジュールなんですから。」
「宣言するのに歩きながらもないだろう。」
 振り返った顔は、にやりと笑う。
 その金糸も、蒼天の瞳も何もかもが、ジェイドには眩しい。
初めて自分の故郷で出会った時から。

「これが、俺が皇帝になって初めてする事だ。心して聞けよ。
 俺はぶうさぎを飼うぞ。」
「…お好きにどうぞ…。」
 眼鏡を指で押し上げ、溜息混じりにジェイドが答える。
よもや、自室で飼おうとはその天才的な頭脳でさえ浮かばなかったこの承諾は、長らく宮殿のメイドと管理官を悩ませる事となる。
「よし、よし。」
 ジェイドの返事に満足そうに進行方向を向き直ったピオニーに、ジェイドは『殿下』と呼び掛けた。
「何だ?」
「この呼び方もこれが最後ですので。」
「ああ。」
「儀式の最中に暗殺でもされたら、殿下のままですけれど。」
「したらお前がぶうさぎ飼え。」
「嫌ですよ。」
 たわいない会話を交わしながら、ジェイドは前を行く背中を見つめていた。色々なものを背負っても前に向かう強さを持った、自分が『唯一』を認めた人間。

「此処は始まりの場所だ。」
 若き皇帝はそう告げる。
「全てを失い、そして全てを得る。そしてまた、失う…此処はそんな場所だ。」

 
 俺にとって…と、彼は小さく言葉を添えた。


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