zero is ends and start 澄んだ蒼い眼が赤く染まり、涙が枯れる頃には、母の弔いの儀式は密やかに終わっていた。 それでも、皇帝の勅命が出てしまった以上、ケセドニアに帰る事も出来ずピオニーはグランコクマに留まって、こうして自分の身の振り方が決まるのを待っている。 泣こうが喚こうが自分の意に添う事など無いのだ。 唯一の拠でもあった、母の部下達も身柄を引き受ける形となったアスターの元に帰郷している。此処に残されたのは自分ひとりで、見知ったものすらいない。 水の中に沈みこんだような気持ちは薄暗い水底で揺れるばかりで、部屋から出ようとも思わなかった。 ピオニーが庭園に面した長椅子に寝ころんでぼんやりと外を見つめていると、小さくて丸くて見たことがない生き物が庭を歩いていた。 腕の中にすっぽりと入ってしまいそうな生き物は、短い足を駆使して眼の前を横切っていった。お尻に小さな尻尾が揺れている。 誘われるように椅子から立ち上がった。 ゆっくり近付くと、真ん丸の胴体の前には黒くて小さな目と比較的長い耳がついていた。肌の色は褐色の自分に近いだろうか?この宮殿を闊歩する白い肌の人間に比べて、自分に近い存在のような気がして思いきって抱き上げた。 小さな足でジタバタと暴れる生き物は、つんと突き出した大きな湿った鼻をピオニーの頬に押しつける。 「うわ、冷たい…。」 そして、その感覚は心地良い。 随分と久しぶりに笑みが零れた。それと同時に心の中に詰まっていた水が消えていくような気がした。 『笑うと心が軽くなるんだ。』チョットした発見にまた心が躍る。 「お前が、運んで来てくれたのかな…。」 そう口にして腕の中の生物をぎゅっと抱き締めた。それは、鼻をひくつかせてぶひっと鳴いた。 「これはぶうさぎですね。」 見慣れぬメイドは、(最も見慣れたメイドもいなかったが)ピオニーを見ると顔面に愛想笑いを広げた。 「ご存じありませんか?ぶうさぎですよ。厨房から逃げ出したんじゃないのかしら。」 「…厨房…喰うのか?」 「家畜ですから、でも、これはまだ子供のようですね。鼻をヒクヒクさせているし、きっとお水が飲みたいのではないでしょうか?」 彼女はそう言うと、こっちに噴水があるからとピオニーを即した。 …ふと、奇妙な事に気が付く。こんなに長時間庭にいると必ず飛んでくる衛兵がいない。何故か…おかしい。 「どうなさいました?ピオニー殿下。」 彼女の呼び掛けに、ピオニーはぶうさぎを抱えたまま後ずさった。 笑みが強ばる。傾けていた身体を真っ直ぐに伸ばした。 「以外と頭の良い方ですのね。」 幼いのに…彼女はそう付け加えると、ピオニーの腕を掴んだ。正確には掴もうとした、しかしその前に、ピオニーは唱えた譜術を発動させていた。 『スプラッシュ!』 たいした威力も無いが、空中から湧き顔面に吹き出した水は、彼女を足止めするのには充分だった。 両手でブウサギを抱き締めて走り出す。背中にちっと舌打ちする声が聞こえた。 content/ next |