zero is ends and start 母の死は唐突だった。 自分や母親が何故グランコクマにいたのかという記憶も薄く、恐らく、兄殿下の誕生日だか父の記念日だかで呼びつけられたのだろう。 曖昧な記憶の原因は勿論母親の死。その記憶だけが鮮明で、後がすべてあやふやになった。 庭園。大きな噴水が高く上がっている場所で、遊んでいたことは覚えている。そこから少し離れた庭に向けて広くとられていたエントランスに両親が座っていた。 父は自分にも構ってはくれるものの、母と二人になることを好んでいたので、あえてそこから離れていたように思う。 それでも楽しげに遊んでいると従者達が安心することを、子供心に知っていたから、笑顔を崩さないようにとだけ気を付けて水遊びなどをしていた。ケセドニアと比べものにならない豊富な水は、珍しくもあったし、好奇心を満たしてくれた。 珍しく兄殿下も自分の相手をしていてくれた事も微かに覚えている。 侍女達の悲鳴が上がったのはそんな時だった。 ピオニーが振り返ると、二人が座っていた椅子のすぐそばに細長くて、赤と黄色が交互になったものが落ちていた。 見えない糸に持ち上げられたようにゆらゆらっと揺れると、放り投げられた紐の如く長く空に伸びた。毒蛇だと誰かが叫ぶ。 駆け寄ろうとしたピオニーの身体が抱き留められた。 「ウパラ!」 自分の名を呼び捨てにしたのだから、それは兄殿下の腕だったのか。 自分と違う白い腕がからみつくように止めて、視線だけがそれを追った。 父の前に飛び出した母の姿と細い首に巻き付く色鮮やかな紐。 その光景はいっそ鮮やかで美しくすらあった。 けれど、母親は動かなくなった。 何が起こったのか理解出来ず、自分を抱き締めている腕を振り払おうとピオニーは藻掻く。しかし、掴んでいる腕は力強く、説得するように耳元で言葉が繰り返される。 「駄目だ、ウパラ!。まだ、近付いちゃいけない!」 母の首に巻き付いたまま、鎌首を持ち上げた蛇は、その次の瞬間譜術で焼き払われていた。 綺麗な床に、焦げた線だけがパラリと落ちる。 「かあさま!」 身体がやっと開放され、母の元に駆け寄りその身体に触れる。 その身体は暖かかった。 血という先礼を浴びることもなく、病魔に冒された訳でもなくその美しい姿そのままに、ただ、動かないものへと変わった母を、『死』と理解するだけの賢さは備わってはいなかった。 壁にへばりついて身動きひとつしなかった皇帝が、こちらに向かって手を伸ばすのが見えた。けれど、その手は母に届かない。 そして、遺骸は従者達の手によって遠ざけられ、母は何処か−今思えば、結界の中だろう−に運び去られる。 再度対面した母は、冷たく固い骸だった。 content/ next |