voice is delivered ※要するに、二人の初めて話です。三十代とは思えん(苦笑 結局一睡も出来ませんでしたね。 ジェイドは仮眠室の寝台から身体を起こすと、横のサイドボードに置いておいた眼鏡に手を伸ばす。顔面に垂れる前髪を、鬱陶しそうに掻き上げた。 執務室の奥に設えてある部屋は、階級がもたらした特典のひとつで、ホテル並みの設備を持った仮眠室。業務の多忙化が日常と貸しているジェイドにとっては、第2の自宅というよりは、こちらの滞在日数の方が圧倒的に多い。 普段はなんの問題もなく眠れる場所だったが、今だけは違った。 肉体的な疲労感はあっても、興奮状態にある精神はそれを保ち続け、朝陽が登る時間になっても、睡魔を近寄らせない。 これ以上、こうしているのも無駄だろう。離れ難く感じていたシーツから身を引き剥がす。温もりが薄れていく事に酷く心惹かれ、指だけをシーツの海に彷徨わせた。 白いシーツの上を探る、軍人とは思えない白く細い指が、己より遙かに光を返す金糸を探り出すと、ジェイドの頬に笑みが浮かんだ。 清掃に来た兵士は、何に気付くでもなく片付けて終うだろうと思い、その事実が酷く滑稽に思えて、唇を歪めたのだ。 軍人とはいえ男である以上性欲はあり、執務の合間に娼婦の類を呼ぶ者も少なくないと聞く。自分自身は必要を感じた事もなかったが…。 欲しいと感じた。 そして、それが何なのか確かめたいとも思った。自分に内包されている代物であるはずなのに、分類することも特定することも出来ないのが、学者としてもどかしかった。 闇雲に求めようと思っていたわけではない。いつか…そう『いつか』と思い準備もした。後遺症も残らず、醒めるのも早い弛緩剤。 けれど、相手は皇帝だ。一介の軍人が易々と会いに行ける相手でもなく、二人きりになれる訳もない。忠誠を誓った相手を貶めたい願望は、逢えないという至極当然の事実が封じ込めていた。 恐らく、均衡はとれていたのだろう。 なのに、何も知らないノー天気な馬鹿は、幼少時代からの才能を見事に発揮し、自分の執務室に忍んでくるという荒技をやってのける。 逢えなくて寂しかったと素直に口にする相手をどれだけ恨めしいと思ったか。律しなければならない分だけ、憎いとさえ思えた。 あの男は、罠に飛び込んだなどと思ってもいなかっただろう。それも、自らが喰われる為に…だ。 ふと鼻を擽る香り。 自分のものではないそれは、己のものと混じり合い、酷く官能的だ。 思考が飛んだ瞬間に、その隙間を埋め尽くすのは、驚愕に見開かれ恐怖に震えながらも熱を孕んだ青い瞳。 指先や一点に集中する疼くような動悸と共に蘇り、身体中にまとわりつく感覚。 「ピオニー…。」 こうして相手を犯だ後でさえ、まだ欲しいと感じる己の欲望を、軽い苛立ちとともにジェイドは舌打ちをしたい気分で認識した。 content/ next |