※ファンダム設定 ジェピ 愛は見返りを求めないなんて理想論 「なぁなぁ。」 舌を絡ませた様な声で、呼ぶ。 無駄に広い部屋だが、実際くつろげる場所としてはほんの僅かしかない。きっと彼はその僅かな場所、ベッドに横たわって声を出しているに違いない。 ボリボリと皮膚を引っ掻く音もする事から、だぼだぼとした締まりのない服を引っ張り上げて、腹でも掻いているのが想像出来た。 自分は酷く見慣れた、それでいて国民の支持率を極限まで下げそうな行いだ。 「…三十路を過ぎた男が出す声としては、些か耳障りですね。」 ジェイドは一通りの思考を終え(といっても、瞬くするほどの時間だが)返事をする。視線を寄越そうとは思わない。 きっとあの男は、口端をだらしなく持ち上げた表情で見ているに違いないからだ。一瞥するだけでも、己の心が不快感に染まるのがわかっていて、敢えての行動などしたくもない。 「なぁ、ジェイドってば。」 …ってば? 未だ成人にも満たないルークやアニスならまだしも、皇帝を名乗る人間が使う言葉なのか。 「額に指を当てて難しい顔してないで、返事しろや。」 「嫌です。」 「したくせに。」 ふふんと鼻を鳴らす。揚げ足を取りつつ、それが楽しそうだ。 「なぁなぁ。」 「いい加減しつこいですね。貴方も。」 「しょうがないだろ、俺は非常に嬉しいんだから。」 うふふふ〜と薄気味の悪い笑い声が、くぐもったて聞こえてくる。枕かクッションに顔を埋めてやらかしているに違いない。三十路過ぎの男が…。 ああ、どうして私はこんな場所で書類の整理などしているのだろうか。執務室でひとり静かに行った方が今の何十倍も効率よく働けるものを。 「形相を変えてお前が俺の名を連呼するなんて、夢のようだったぞ。」 「今なら別の意味で出来そうですよ。貴方の首に両手を回して締め付けながら、名前を連呼して差し上げます。」 「そう照れるな、照れるな。」 何を言っても、この大莫迦を止める事は出来そうにないのだと改めて悟り、ジェイドは顔を皇帝が寝そべっているだろうベッドへと向けた。 だらしなく着こなされた寝着は、だらしなく胸元が大きく開いていた。 そうして覗く褐色の肌と異なる白い包帯が見える。幾重にも巻かれた包帯は、今はただの飾りだけれど、ほんの数時間前までは、裂傷を覆っていたものだ。 一瞬深みに填りそうな思考をピオニーの声が留めた。 「そんな顔、するな。」 碧眼を眇める。 寝転がったまま頬を立てた掌に乗せ微笑む皇帝の姿に、ジェイドは指先で眼鏡の柄を押さえてから左右に首を振り、息を吐き出す。 「…呆れる以外、私がどのような表情をしていると…?」 「俺を愛してるって顔をしてるな。」 自信満々に言ってのける目の前の幼馴染み兼皇帝に心底呆れた。 愛と言えばそうだろう。なんて便利な言葉だ。主従愛、友愛…言葉はなんとでも付ける事は出来る。 速攻性も衝撃度もそこそこ備えて、それでいて反論されても完璧なブロックを施すことが可能な(思い込みが支配する言葉なのだから、他人の反論などそもそも意味をなさないだろう)必殺の言葉と言ってもいいだろう。 だからこそ、なんと安っぽい言葉なのだろうか。 「愛ですか…それはそれは…。」 ジェイドは、仕事の手を完全に留め椅子から腰を上げた。足音を高く響かせて威圧的に皇帝陛下の元へ向かいたいが、此処が絨毯の上。音がしないのが残念だとジェイドは思う。 「いいじゃないか、それでお前も動くんだから。」 己をかまってくれるだろうと、ピオニーは笑う。 しかし、ジェイドはソファーの横。肘掛けに腕を落とし、片手は背もたれを掴んで両腕の檻にピオニーの顔を閉じ込めた。 長い髪がピオニーの頬を擽ると、彼は少しばかり目を細めた。 危機感が足りませんねえと、ジェイドは笑う。 「あ、あれ?ジェイドさん?」 (かまってくれる)という雰囲気ではないジェイドの様子に、ピオニーの眉が僅かに歪んだ。端正に整った顔が歪むという状況は、ジェイドにとって喜ばしい事態だ。 「何だよ?」 「…陛下曰く愛を差し上げたのですから、見返りを頂こうと思いまして。」 みかえりぃ!?声にならないが、はっきりと形取った唇に嗤う。 「ほれ、ほら、無償の愛だ!無償!世界を救う旅を続けてるお前に相応しい言葉じゃないか!」 その旅を命じたのは一体誰だと思っているのか、おまけにご落胤騒動などに巻き込まれたのはつい先ほどの事だ」。 「私は貴方の母親でもありませんし、無償で動くほど本能的ではありませんので「いや待てお前、それ充分本能的…!!」」 これは意外と正論なので、おやと思う。 ジェイドの動きが止まるので、ピオニーも動きを留めた。 「…なんだ、終了か?」 澄んだ碧眼は真ん丸で、幼い頃と少しも変わっていない。 「…ええ、終了ですね。」 苦笑しつつ、ソファーから離れようとしたジェイドの二の腕を、褐色の腕が掴んだ。まま、引っ張られて皇帝の上にのしかかる。 「仕方ないから教えてやる。そういうのは見返りと言わないんだ。」 ぐいと押し付けてくる唇に、接吻を交わしているのだとジェイドは気付く。ただ離れていくだけの口付けなぞ、若僧でもあるまいしと、苦笑した。 「愛し合ってるんだよ。」 それでも微かに頬を染めつつ告げてくる台詞に、歓喜に似た感情が浮かぶ事が不思議だ。 「私も子供達にでも感化されましたかねぇ。」 ジェイドに浮かぶ笑みが柔らかく、ピオニーも悪戯なそれを引っ込めた。 「心が乱されました。」 ポツンと呟かれたジェイドの言葉に、喜びよりも(見返り=報復)の有無に心臓を高く鳴らしたピオニーだった。 〜Fin
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