懺悔が足りない


 実際綺麗な人だと思ってる。
手入れの行き届いた金色の髪は絹みたいで、俺の(髪)と色は似ていても違う物みたいだ。
肌だって健康的な濃い色でそれが整った体躯と似合っていて、服が滑り落ちた時など、息を飲んでしまう。それに加えて、歳上である故なのか、少しばかり気怠い仕草に妙に色気を感じて煽られる。
 
 …違う、違う。

 ガイが慌てて首を振り抜いた。余りにも大げさな動きをしてしまったせいか、酸素不足の頭はグラグラする。けれど、惚けた思考が飛んだのは幸いだ。
 そんな事を考えるつもりじゃなかった。
どんなに綺麗で色気を感じる相手だとしても、10歳以上離れていて本人曰く『年寄りが』なんて言葉を付けてくるじゃないか。
 その上、手入れが行き届いているのは当たり前。彼はピオニーという個人であると同時に、国の象徴である皇帝で、勿論親友以上に忠誠を誓った相手。
 それに何より、此処で煽られた勢いで無体をしてしまえば、彼の人は無理がたたって明日の業務に差し障りが生まれ、結果的に旦那の怒りを買ってしまう事になる。
 それは避けたい。絶対に避けて通るべきだ。死霊使いの呪いなど受けたい人間がいるはずがない。
 
「…へい、か…。」

 それでも下半身を甘い刺激に満たされているせいか、出てきた声は自分でも気色悪いほどに舌足らずだ。
 滲んだ汗が、金糸をべったりと張り付かせているピオニーの額を掻き上げて、唇を落とす。狭くもない肩に横に肘をついて、早めていた律動のスピードを落とした。
 断続的に吐き出す息と声もそれに伴って、緩やかになった。それでも欲に染まった褐色の肌が艶めかしい。
 閉じていた睫を震わせて瞼を上げる仕草に見惚れていれば、潤んだ碧はガイを見上げた。…恨めしそうに。

「ああもう!じれったい!!!!」
  
 勢いよく上半身を起こされて、乗り上げていたガイはひっくり返りそうになり、反対にピオニーに抱きつき、もう一度ベッドに押し倒した。
「ちょ、ちょっと陛下、まだ繋がって…。」
「お前はどんな年寄りだよ。ちんたらちんたら動きやがって!」
 そう言い、ピオニーは両足をガイの胴にからめ、腰をゆるく動かす。そうすれば、摩擦が強まり、快感が背筋を伝う。

「ちょっ…陛下っ。」

 眉間に皺を寄せ、波をやり過ごそうとするガイに、ピオニーはニヤリと笑う。
その悪い笑みすら色香を纏うのだから、若いガイにとっては堪らない。
 実際は、元々ピオニーの中にねじ込んで思う存分かき回したいという乱暴な欲求はあるのだ。それを必死で我慢しているっていうのに、この人は…。

「っ…あっ…!?」

 心の中でついたはずの悪態は、目の前の皇帝には筒抜けだったらしい。ピオニーの内面が彼自身をぐっと締めつけ、思わず目を閉じた。今すぐもっていかれそうな快楽に眉を寄せる。
 これが年齢差というものか。
若いだけの力技では圧しきれない相手。こうして腕の中に抱いていてさえ、主導権は容易く自分のものになりはしない。
 しかし、薄目を開けたガイの瞳は、眉を寄せ薄く唇を開き、頬を紅潮させるピオニーの姿を映しだした。ガイを煽っているつもりなのだろうが、ピオニー自身にも堪らない快楽をもたらしているのだろう。
 高まった欲望にはもどかしい快楽に身をよじりながら、自分を求めてくる身体。

「ガイ、ラルディぁ…!」

 足りないと全身に訴える愛おしい人を、このままに出来るはずがない。手を重ね、指を絡め、身体を抱き寄せる。
「いけない人ですね、陛下。」
 耳元でクスリと笑えば、心地よく掠れた皇帝の声が聞こえた。
「お前、が手加減する…だ。」
 緩んでいた内部が、ガイをギュッと締め付ける。慌てて奥歯を噛んでやり過ごした。それでも背筋を這い上がってくるビリビリとした痺れがガイを追いつめる。
「…けど、御身を…。」
 言い訳を口にして薄目を開ければ、欲望とは違う赤が、ピオニーの目尻を染めるのが見えた。常に飄々としている彼が羞恥に頬を染めている。 

 本気で、欲しがっていないんじゃないか、なんて思っちまうだろ? 

 本気だから、大切にしたい。
 本気だから、我慢出来ない。
 どっちが正しい答えだなどと、ガイにはわからない。ただもう、我慢が出来ない事だけが真実だった。


 翌朝、ガイはベッドから動けなくなった皇帝と懐刀の間をへとへとになるまで往復させられた。幾ら若いとは言えあれほど無茶をすれば、自らの腰も相当に怠いが、それこそわかっていた事だ。
 だから、蔑むような呆れるような目つきで睨まれても仕方ない話だ。

「あれほど、執務に支障がないようにと言い含めておいたでしょう。アレが何者か自覚がないとでも言うつもりですか!?」
 ジェイドの科白にガイは苦く笑った。
「…一国の主を組み敷くんだから、そういう意味での覚悟はしてるけど…それと、これとは別、だよなぁ…。」
 昨夜の痴態を思い出し、頬を緩ませたガイにジェイドの視線が突き刺さる。
「懺悔が足りません!」
 ビシッと鞭で打ったような声が何度もガイを直撃し、譜術でも食らわされた気分だったが、それも予想範囲だったので、大きな溜息を吐きつつもガイは満足していたのだ。


〜fin



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