瑠璃色の空が落ちた


「私は後悔しているんですよ。」
 ジェイドは椅子に深く座り込むと、長い髪を無造作に垂らし俯いた。
額にあてられたのだろう指先から、サラサラと亜麻色の髪がこぼれ落ちていく。
 深い溜息こそ、漏れはしなかったけれど憔悴した雰囲気は、珍しく死霊使いの周辺を取り巻いていた。

「何をだ? 俺をユリアシティに連れてきた事か?」

 その部屋にいたもうひとりの人物は、ジェイドに向けていた背中はそのままで首だけを傾ける。常なる青い髪飾りはそのままに、瞳が眼鏡に隠されていた。
 これでも正式な場に着用するのもなのかと疑うような服装は、いっそうカジュアルに庶民レベルまで落ちている。
 顔を隠すように衿を立てれば、鏡に向かう自分に完璧だと太鼓判を押した。
その人物は、マルクト帝国現皇帝陛下『ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下』その人だ。
「…それもありますね。」
 いかにも相手にするのが面倒だと、告げるようにジェイドは顔すら上げない。
「こんな珍しい場所に来て、大人しく部屋にいるアナタだとは思っていませんでしたよ。」
「だろぉ〜。じゃあ、ちょっと行ってきます。」
 にこにこと、笑顔を振りまく様子は、ただの物見遊山の観光客だ。それでも、手入れの行き届いた髪や、仕立ての良い衣服は『ただの』と称するには違和感を覚える。

「待ちなさい。」
 その衿をむんずと掴み、ジェイドはピオニーに詰め寄った。
「何だよ、じゃあ一緒に行こうぜ。きっと、こんな所に二度と拝めないからな。」
 両腕を腰に当て、準備運動よろしく屈伸をしてみせる主君に、常なる呆れた仕草は出なかった。綺麗な眉をこれでもかと歪める。
 こんなジェイドを瞳に納める人物が存在すること自体、旅の仲間達は信じないだろう。

「…アナタは何故、私を責めないんです!?」
 吐き出すように声を発してから、失礼しましたと、眼鏡を押し上げる。掴んだ腕はそのままでも、頭は床に向けられていた。
「私がもっと気を遣っていれば、あんな事にはならなかったはずです。アナタに…ましてや、インゴベルト公に剣を向けるなど…「まぁ、言葉が足らないのは確かかもな。」
 懐刀に衿元を抑えられて、ピオニーはそれでも不敵な笑みを浮かべた。
「頭はいいが、取り柄はそこまでだ。仕方がないさ。」
「陛下。」
「ガイラルディアの処遇は、のちのち問題になるかもしれん。奴の起こした行動、これまでの経緯、そして、全てを把握していながら、放置していたお前の責任。」
 声色だけは、帝国に君臨する主としての威厳と迫力を纏っていたが、顔は意地の悪さすらも表面に出てこない笑顔だ。

「現実はいつもそうだ。」

 ピオニーは、凛と言い放つ。こういう場合に、ピオニーは腕組をしない。
拒絶をあらわすそれを、無意識に避けているのだ。
 受け入れろと、主君は笑う。

「人は、思うように動かないし、物事は最悪を目指して移行しているように思える時もある…でもな、ジェイド。それが、現実なんだ。目の前にあるもの、お前はそれを認めて対処していけ。変化をも求めるのなら、変わっていけ。 
俺も同じなんだ、寧ろそれしかない。」
「ピオニー」
「責め立てられるよりも、お前には不利かもしれないぞ。これから先も、お前はガイラルディアの側にいなければならない。
…俺を殺そうとするかもしれない、あの男の側にな。」
 ピオニーの台詞に、一瞬ジェイドはぴくりと動きを止めた。
「…陛下、ま、さか」
 愕然とするジェイドの顔は、ありえないと公言出来る珍しさだ。

「側近に重用する。あの会議の最中に決めた。お前の意見など聞かないぞ、これは決定事項だ。」
 にやりと、今度は意地悪い笑みが戻った。

「さて、とっとと行こうぜ。お前とデートなんて久しぶりだな。」
「暗殺されても知りませんよ…。」
「そうしたら、後は頼んだぞ。大切な民達を守ってくれ。」
「馬鹿な事を…貴方以外は守りません。」

 ははと高らかに笑い、扉を潜るピオニーの後を、面倒くさそうに両手をポケットに突っ込みジェイドが後を追った。


〜fin



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