和解の術など両者とも知らなかった(ファンダム設定) 「貴方の器の大きさに恐れ入りますよ、ピオニー。」 「そう、褒められても照れるなぁ。」 はっはっはっと朗らかに笑う皇帝陛下と向かい合った、ジェイドの拳には握りつぶした譜陣の名残が燻って消えた。 焦げ臭い匂いに、ピオニーは口端を持ち上げた。どうせ、彼がそれを発動したところで味方識別をした術は、皇帝陛下になど当たりはしないだろうけれど。 「幾らなんでも、それをぶつけられたら一応不敬罪を適応しなくちゃいけなくなるぞ。こんな時期に、サフィールの横でのんびり休暇を取りたい訳ではないだろう?」 椅子の背に両腕をかけた状態で跨り、ピオニーはジェイドを指さした。 暗殺に御落胤騒ぎに、世界の滅亡に…ジェイドに休暇を与えぬ種は溢れている。 「まぁ、俺もイベント満載で、ワクワクするな。」 しかし、君の物言いにジェイドは眼鏡に指を押し当てて深い溜息を付いた。 この一見賢そうで、やっぱり脳天気で、それでも賢いような気のする、目の前の男は昨日から常に楽しそうだ。ジェイドは唇の形をなぞるように動かした指をその場に押し留める。 もう一度、溜息。 「そんな鋼の心臓の持ち主は、貴方くらいですよ。私の蚤のような心臓は今にも動きを止めてしまいそうですが?」 すと腕を降ろし、ヒールの音を響かせて主君の元へ歩み寄る。 ピオニーは椅子に腰掛けて頬杖をついたまま、ジェイドの後ろ髪が綺麗に左右に振られるのを眺めていた。距離をつめたジェイドの指が、ピオニーの顎を捕らえ、妖艶な笑みと共に、指先が唇を割る。 「貴方の胃に穴でも開ける事が出来たら、少しは大人しくしていただけるのでしょうか?」 「ふうん。」 面白そうに碧の瞳を細めて、ピオニーはペロリと手袋ごと指を銜えて、軽く歯を立てた。そうして、口を離し上目使いに死霊使いを見上げる。 蒼い髪飾りが、ゆらと影を落とすのをジェイドは微動だにせず、見返していた。 「じゃあ、お前が大将だ。好きなようにやってみろ。」 「冗談でしょう? 私が出来るのは、命じられた事の細かな采配だけですよ。こんな未曾有宇の難問、それこそ、私の胃に穴が空いてしまいます。」 「そんなタマかよ、ジェイド。」 ジェイドの指先が、ピオニーの髪から項に向かって、降ろされていく。 背を屈するジェイドよりも早く、ピオニーの膝が椅子の上に乗り上げていた。 「本当ですよ。先程も申し上げた様に、私の如く繊細な人間はトップには向きません。貴方のようなズボラで無神経な人間が適職ですよ。」 「仕方ねえから、王様をやっててやる。有り難く思え。」 「仕方ありませんねぇ。守って差し上げますよ。」 固いものが大理石の床に倒れ込む音と共に、ふたりの腕がお互いを捕らえた。 「罵り逢ってるみたいなのに、あれで和解しちゃうんですねぇ。不思議。」 アニスはフルーツとお菓子が入った篭を腕の中で抱きしめ直した。 「ま、大佐は陛下に甘いって事かぁ。」 「まあな。」 その横で、トレーに乗せたお茶セットを持ったガイが笑う。ふたりとも、背を扉に当てて聞き耳を立ていた。 「陛下が完全に臍を曲げる前に機嫌を取ろうって、俺達を待機させとくあたりで、もう終わってるかもな。」 けれど、中は無駄に良い雰囲気で、ジェイドの言いつけを守る必要はないように思えた。アニスとガイはお互いの顔を見つめる。 「で、私達はどうしよう?」 「お茶もある、お菓子もある。部屋の中は至って問題はない。アニス、此処は邪魔しない為にも庭でお茶にしようか?」 「きゃわ〜ん。このお菓子食べて見たかったんですぅ。」 「皇室御用達のレシピをゲットって訳か。」 ウインクを返されたアニスの頬が微かに赤らむ。 「む〜。バレちゃいます?」 「俺に味見をさせてくれるなら大歓迎さ。」 にこと微笑んでアニスは、ガイの服に指を伸ばした。ギュッと掴んで、けれどガイとの距離は変わらない。 「此処なら触っても大丈夫だよね?」 「平気だ。」 えへへと笑う少女と青年は、足音を忍ばせて扉を後にした。 〜fin
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