愚問に答える義務は無い


「これ以上、調子に乗せないでください。」

 眼鏡に指を掛け溜息と共に吐き出した言葉に、ピオニーはちっと舌打ちをする。見つかったかと小さく呟くと、剣を鞘へと納めた。
「ジェイド?」
 額の汗を拭い同じ様に剣をしまったルークは、ジェイドの機嫌が斜めな理由がわからず小首を傾げた。『仕事の邪魔をされるから、皇帝のお相手をお願いします』と頼まれて、渋々向かった私室で手合わせをしてくれと告げられた。
 聞けば陛下は仕事を終わらせたと言うし、それならば、まぁいいかとこうして中庭で相手をしていたのだが…。
「素直なのは大変結構ですが、直ぐに騙されるのが難点ですかね。まぁ、あれが世話係ならば仕方ありませんか。」
『え?俺。俺が悪いのか? レプリカだから?』ジェイドとピオニーを交互に眺めながら、ルークの目が訴えている。
「ルークはちっとも悪くないぞ。悪いのは…「勿論、仕事から逃げ出した皇帝陛下そのひとです。」」
 ピオニーの言葉を終わる前に遮り、皇帝は遺憾の意を伝えるべく、両手を腰に当てて憤慨する。
「あんな判子を押すだけの作業なんて、誰でも出来るじゃあないか。ちゃんと、ガイラルディアに頼んでから出てきたんぞ。書類だって前もって目も通してある。」
「そうですか。では、執務室で御璽を握りしめて、涙を流していたガイを見捨てるおつもりならそうして下さい。」
 御璽とは皇帝のみが使用出来る印鑑で、そらあもう一般庶民が手にしていいものではない。勝手に捺印したことがバレれば、首が飛ぶ(比喩にあらず)どころで済む代物ではないのだ。
 うわ、ひでぇ…。思わずルークの口から悲鳴のような声が漏れると、流石のピオニーも眉間に皺を寄せた。後ろ頭をぼりぼり掻いて、仕方ねぇなぁと呟いた。
 そして、手にしていた長剣をルークに返す。
「…ったく、ガイラルディアも厄介な鬼畜に見つかりやがって…。じゃあな。ルーク。随分腕を上げた、楽しかったぞ。」
 途端、ぽおとルークが頬を赤らめたのは、歓喜の為だ。
 にこりと微笑んで中庭を後にしたピオニーに、ジェイドは肺の中の空気を全部吐き出すような溜息をつく。
「陛下、だから貴方は…。」
「長剣なのかな…?」
「は?」
 ルークは手にした剣を眺めながら、呟いた。
「陛下の得意な武器って、俺やガイと同じなのかなって。この間手合わせして貰った時は、もっと長い剣だったから。」
 もしも、得意とするもので認められたとするのなら、たとえ苦手意識感じる相手からでも、嬉しい…とルークは思う。
「あの人は一通りこなしますが、一番得意なのは『ナイフ・ファイト』です。」
「え…それって。」
 皇族の嗜みとは到底言えない実践的な戦い方に、ルークは少々面食う。
 街のちんぴらでもあるまいし…とは思うのだが、あの体術を伴った剣さばきなら、恐らく侮れないのだろうけれど。
 なんとも間抜けなルークの顔を見て、ジェイドはやれやれと首を振ってみせた。
「そもそも皇族の方々を殺そうという輩は、遠距離からの射殺以外は大抵嬲り殺しを好みますからね。貴方も人事ではないでしょう?」
 ジェイドはそう告げると、あまり志の宜しくなさそうな笑みを浮かべて、ルークを壁際へと追い詰めた。背を押し付けるとにこりと笑う。
「どうぞ、反撃を?」
 言葉に応じて、手にした剣を動かそうとはしてみるものの、こうして壁まで追い詰められてしまうと、長さのある剣はかえって邪魔だ。動かそうにも動けないし、相手には、攻撃手段として残る手も足もある。
 特に、体格差が歴然としている場合は力技も無効。急所攻撃は…。
「狙われるのがわかっているので、無駄…ですよ?」
 振り上げようとした足も、絡め取られて押さえつけられ、万事休す。
「ジ・エンドですね。」
 首筋に手刀を当てられて、日頃の行いが脳裏を過ぎり、こいつは本気で殺られるんじゃあないかと冷や汗が流れ落ちた時には、ジェイドの身体はルークから離れていた。
 ルークの心情を察したのか、口元に手を宛ててクスクスと笑っている。
「動けねぇ…ものなんだ…。」
 正面切って相手とやり合うのとはまた違う戦術。
 調子に乗るなという彼の言葉は、陛下ではなく自分に向けられたものだったのだと、ふいにルークは思い当たる。
「一度は、譜業銃とも譜術無しで渡り合ってましたからねぇ。まぁ希有な人間ですよ。」
「へぇ…陛下って、本当に接近戦に強いんだな。距離感だって相当なプレッシャーだと思うのに…。」
 ジェイドによって壁に押し付けられていた間、追い詰められているというだけで冷静さを欠いたルークの、それは素直な感想だったのだけれど…。

「お陰で苦労しましたねぇ。」

 何かを思い出し、ジェイドはにんまりと紅い唇歪んだ弧を描いた。
「へ…一体なんの事…。」
 一度口をついて出た質問は、ジェイドの禍々しい笑みに封じられる。この場にガイが同席していたのなら、直ぐに察しルークの口を塞いでいただろう。
「おや、可笑しいですね。何か聞こえましたか? ルーク。」
 クスクスと意味深な笑みを浮かべたままのジェイドに、流石のルークもこれ以上の追求が命に係わると悟った。
 ジェイドは暗にこう告げたのだ。

『愚問に答える義務は無い』



〜fin

…ああいう行為を接近戦というのかどうか(笑 
ちょっとジェイルク風味ですた。

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