どこにでもあるような結末


 帝国とは、多民族、多人種、多宗教を内包しつつ大きな領土を統治する国家に対して用いられてきた名称。それを拠として、冊封制度によって周辺諸国が皇帝と君臣関係を結び、秩序を保つ。
 それが何を意味するのかと言えば、諸国の主君はあくまでも『王国』とみなされ、常に上下関係を覆したいと願っているという事実だ。
 つまり、今此処はそんな国のひとつだ。

「どうしました、陛下。」
「いや、別に。」
 背中に腕を回して近付いてくる影。形は同じ。
 そう言えば、事前の情報でそんな話しもありましたねとジェイドは呟いた。作り笑顔を向けようとして失敗する。
 許しがたいと心が断罪していた。

 薄い金髪。整った顔、姿も形だけなら同じ。しかし、暗闇に光る瞳は紅い。
色素を欠いた劣化品。こうしてみると、全体に淡い配色だ。
 『皇帝の懐刀』たる話題の死霊使いに相まみえさせるのだから、これは出来の良い方なのかと思うと、怒りよりもまず溜息が出た。
 よりにもよって至高の輝きを盗みとるだなどと、無謀も甚だしい。
「どうかしたのか?」
 ぺらぺらの笑顔が向けられると、咄嗟に手が出た。
 背にしていた小太刀が、吹っ飛び罵声があがる。…が、簡易の記憶注入も、そろそろ打ち止めのようで、彼の−ピオニーのレプリカ−は同じ言葉と行動を繰り返す。
 鬱陶しさに一瞬で息の根を止め、それから気付いた。
「一応彼の姿をしていたのに何の躊躇いも浮かびませんでしたねぇ。」
 

 
「よう、ジェイド。」
 皇帝が誰から強奪したものか、ひと振りの太刀で肩を叩きながら笑った。
 刃も柄もこびりついた血液で赤黒く染まっていたし、美しい金の髪も、褐色の肌も、そして彼が佇む部屋との壁紙すら、全てが緋に塗り替えられていた。
 それは劣化していたレプリカの瞳と同じ色。
 まるで、己の瞳にその色を同じくしたフィルターがかけられた状態に、ジェイドは目頭を押さえた。不快感に吐き気すら催す。
 しかし、澄み切った碧が二つ、赤から浮き出るようにジェイドを見つめていた。

「…貴方のレプリカがいましたよ。」
「嗚呼、そういやお前のレプリカもいたぞ。」
 おや、そんな顔をしたジェイドに、ピオニーは重なりあった死体を示す。
「あの中のどれかだ。いや、剥離したか? もうわからんな。」
「そうですか。何の躊躇いも無く切り捨てたんですねぇ?」
 嫌味たらしい言い草に、ピオニーはテメェもだろうがと睨みつける。
 そうして、興味もなさそうに一度だけ死体に視線を向けたジェイドに、ピオニーが笑い掛けた。
「何処の国でも魅力的な研究対象のようだな、フォミクリーは。」
「しかし、ああまで、劣悪な品を見せられてしまうと興も冷めます。」
 ジェイドは、指で眼鏡を押し上げ溜息をついた。
「もう少し、マシなものが出来ないものでしょうかねぇ。」
「稀代の天才に言われたら、こいつらも浮かばれないだろうよ。」
 ピオニーは肩を竦めて周囲を見回した。死体の殆どはレプリカだったらしく、音素に分解され第七音素帯目掛けて上昇していく。
「俺にはどうも下せん。どうしたら、レプリカが同じものに見えるというのだろうな。切れば血も出るし、止めを刺す時には恐怖の表情まで見せた。あいつら…「私にもわかりません。ただの模造品にそんな価値があるなんて。」」

 言葉を遮り、ジェイドは吐き捨てた。どうにも毒舌が止まらないのは、彼の模造品を見たからだと断言出来た。
 ただ、上っ面だけを似せた存在が、苛立ちに似た不快感を膨れさせていく。冷静さを欠いたとも思えるジェイドの態度に、ピオニーは少しだけ驚いた表情を見せた。
 そんな皇帝の首に、ジェイドは乱暴に腕を巻きつけ引き寄せる。重なる寸前に、ジェイドはその動きを止めた。
「…ジェイド…?」
「目を閉じないで下さい。」
 閉じたら、指でこじ開けるぞと言わんばかりの勢いに、ピオニーは惚けた顔でジェイドを眺める。何の事だと瞳が問うている、理由を告げなければ、力づくで拒絶されるだろう。
「赤は見飽きましたから。」
「ばぁか。俺達は見間違わねぇよ。」
 くつくつと鳴らした喉にジェイドは眉を顰め、しかし、蒼穹は消える事がなく紅い部屋は暫しの沈黙に包まれた。


〜fin



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