ん、分かってる。大丈夫だよ


※ガイルク


 屋敷にいた頃の距離は、決して近くは無かった気がする。

 俺は天下一品の我が侭なお坊ちゃんだったし、ガイだって、腹に一物詰め込んで、敵の家に潜り込んでいた。うわべで仲良くしていたって、それは所詮、ままごとみたいな関係だったんだろう。

 だからと言って、こうして世界を救う旅をしている今、ガイとの距離が縮まったのかと聞かれると、やっぱりそれは違うんだ。

 俺はレプリカだったし、馬鹿なお坊ちゃんだった頃にどんなに謝っても許されないだろう間違いまでしでかした。
近づきたくても、近付けない。

 なのに、俺はいつだって、ガイの事を考えているんだ。



「おや、ルーク。頼んだものと違いますね。」
 ジェイドの視線が買ってきたばかりの紙袋を一瞥したかと思えば、そう言う。
 見てもいないのに、どうしてわかるんだよと憤慨しながら、ルークは紙袋に腕をつっこみんだ。
 そして、ジェイドに頼まれたもの−林檎−を取り出す。見るからに美味そうな、艶々の林檎になんの不満があるのかと、ルークは頬を膨らませた。

「ジェイドが言ってたの、これじゃないのか?」

「ですから、私は林檎なんか頼んでいませんよ。」
 ジェイドは呆れた表情で、眼鏡を指で押し上げる。ルークは、『へ』と間抜けな顔で林檎とジェイドの顔を交互に見る。
 くくっと笑って、手を差しだしたのはガイだった。

「林檎が食べたいと言ったのは、俺。旦那は、トマトが欲しいと言ってたぜ。」
「やれやれ、誰の話しを聞いていたのやら。」
 呆れて溜息をついたジェイドを、まぁまぁとガイが宥める。

あ、俺、また失敗した。

「ごめん、俺。」
「まぁ、いいでしょう。今ある材料でつくるのも才能のうちですから。」
「うん…。」
 差しだされた手に紙袋を乗せると、ジェイドはそれを胸元に引き寄せる。
「ガイ、後は頼みますよ。」
 一言置いて厨房に姿を消した。

「そう落ち込むなよ。」
「…だって、満足に買い物も出来ないなんて、やっぱり俺が…。」
「ルーク!」
 強い口調でガイが名を呼び、ルークはビクリと身体を震わせ、思考を途切れさせる。
 ガイの碧い瞳が見つめていて、「あ」と吐息を漏らした。悪い癖だと思うのに、どうしても止める事が出来ない。レプリカだから…劣化品だから…。
 
「間違いなんて、誰にでもあるだろ?」
 優しく、諭すようなガイの声が耳を擽る。いつも、そう言って手を差し伸べてくれるから、俺はついつい甘えてしまうんだ。
「でも…。」
「俺は、ちょっと嬉しいんだ。」
 ガイはそう言いながらと、ルークの掌に残された林檎を見つめていた。
 ルークはガイの視線に手を持ち上げて、きょとんとした顔で、林檎を眺める。
「何が嬉しい?」
「ルークは、旦那じゃなくて、(俺の話)を聞いててくれたんだなってさ。」
「ば、馬鹿じゃねえの!?」
 頬が焚き火で焙ったみたいに熱くなって、ルークはぷいと顔を逸らした。
「本気で嬉しいんだけどなぁ。」
 クスと笑うとガイは、ルークの手から林檎を受け取り、小気味よい音をたてて囓る。水気をたっぷり拭くんだ、シャリって音が響いた。
 嬉しそうなガイの笑顔が眩しくて、つい視線を持っていかれる。悔しいけど、見惚れちまうんだから仕方ないだろう。

「なんだ?ルークもいるのか?」
 そんな言葉と同時に、後頭に腕が回った。引き寄せられて、唇が重なる。
「ふ…ん!?」
 甘酸っぱい果汁が口の中にいっぱい広がって、舌を刺激された。熱くて、甘くて、翻弄される。
 欠片をひとつ口腔に残して唇は離れたけど、最後にぺろりと唇を舐め上げられた。

「ご馳走様。」

 なんて、笑顔で言いやがるから、もうどんな顔をしたらいいのかわからねぇっつうの。なのに、可愛いなぁとか言ってるし。仕方ないから、残された林檎の欠片を咀嚼した。
 思ったとおり甘くて美味しい。コクンと喉に通すと、乾きも癒された。
「急に何すんだよ。」
「親鳥が雛に餌付け…かな?」
「雛言うな!!」
 むっと、頬を膨らす前に、ガイの手が頭に置かれ、くしゃくしゃって髪を掻き乱された。
「いい加減に、ガ、イ…!」
 
「俺がずっとルークを見ているからな?」
 あんまり優しい顔で言うから、もう抗議の台詞なんてどっか飛んでいっちまう。

「ん、分かってる。大丈夫だよ。」

 ルークはそう呟くと、少しばかりぶっきらぼうに、ガイの胸元に頭を埋めた。


〜fin



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