忠誠 「貴方に、永遠の忠誠を捧げたいと存じます。」 そう告げると栗色の髪の騎士が、金色の皇太子の前に跪き恭しくその手を取り、口付けを落とす。 薄闇につつまれ、窓から漏れる明かりだけが照らすその情景は、一幅の絵を思わせた。 忠誠 「よお。」 グランコクマの宮殿。貴賓室の上質なソファーに腰掛けた相手から屈託のない笑顔を向けられて、警護を任されていたジェイド・カーティスは固った。 研究者として軍に入ったとはいえまだ地位も低い、時々こういう、現場の仕事も回されるのは仕方が無い。たとえ、それが同じ研究施設内の嫌がらせでも、構わないとジェイドは思っていた。特に気にもならないし、研究に対しても興味を失いつつあった。自分が何を求め、何を望んでいるのか…それすらも今は曖昧だ。 『けれど、これはどういう事でしょうね。』 数人の見慣れない兵士に警護され、目の前にいるのは次期皇帝候補であり、自分の幼馴染みでもあるピオニーJr.だった。 「…殿下…。」 やっと口を開くと、また笑う。 「久しぶりだな。なんだよ、その鳩が豆鉄砲喰らったような顔は。一瞬サフィールに見えたぜ。」 表情を変えたつもりはなかったが、昔馴染にはわかるらしい。くくっと口を抑えながら笑う姿は、彼と自分の距離や時間を感じさせない。 懐かしいという感情が浮かぶのが不思議だった。 だが、何故彼がグランコクマにいるのだろう?彼は未だにケテルブルグに軟禁されているはずだ。 「義母の呼び出しだ。兄が病なのに、見舞いにも来ないとは何事だと大層な剣幕でな。此処まで引っぱり出された。」 顔にそう書いてあったと言わんばかりに、告げられた言葉にジェイドは驚く。 何故かこの幼馴染みだけは、自慢の鉄面皮が通じない。 「カールJr.殿下がですか?。下級兵士にはそんな情報は降りていないようですね。」 息子を次の帝位に付けようとしてる帝妃にとって、義弟であるピオニーは邪魔者以外の何者でも無い。マルクトに呼び入れるということは、ピオニーの暗殺を準備しているという証でもある。 「この兵士達はアスターが用意してくれたから信頼出来るし、腕も立つ。けど、マルクトの兵士はお前を含めて全幅の信頼がおけるとは言いかねるな。」 苦笑いをするピオニーに、成程…とジェイドは眼鏡を指先で持ち上げながら納得した。皇太子の警護にこんな雑兵があてがわれているのはそのせいか…と。随分と私も舐められたものですね。と一人語つ。 「もう少し、わかりやすい預言なら良かったんだが…。運がなかったな、ジェイド。」 「殿下ほどではありませんよ。」 「違いない…。」 我が身を嘆くでもなく、ピオニーは笑う。そんなピオニーを幼い頃と同じ様に「馬鹿ですね。」と評した。 命を狙われ続けるという心境はジェイドには理解出来なかった。 『まあ、普通の神経をしているのなら参ってしまうでしょうね。』 ジェイドは、今日何度目かになる毒蛇を譜術で始末しながら薄く笑った。 一度、実際に彼が殺されそうになった場面に遭遇した事があったが、結局あの後もピオニーの態度は変らなかった。 あんな目にあえば、軽く対人恐怖症にでもなりそうなものだが、変わったものと言えば、彼が皇太子だと知ったサフィールやネフリーの態度と強化された彼への警護位だ。 今の自分は酷く感傷的だとジェイドは思う。 幼い時から彼と対面する時、常に胸の奥がざわめく気がしていた。 不快なのではなかった。けれど、その理由は未だに思い当たらない。 「ジェイド…。」 急に声を掛けられ、顔を上げる。小窓からピオニーが覗いている。 「殿下…。」 「二人の時に殿下はよせよ。…と言ったところでお前は聞かないか。それは…。」 「害虫ですよ。ただの。」 笑みを浮かべて見せると、キモイと言い、顔を顰めた。 「…ケテルブルグを出るまで、ぶすっくれた顔しか見せなかったくせに、何処でそんな芸当を覚えたんだ?」 「こっちで…ですかね。笑っていると、難なく通過できるものがあると知りましたよ。いや〜人生は深い。」 「…それは、俺に対する嫌味だな。」 そう言って、目を細めたピオニーにジェイドも作り笑いを取り下げた。 「これで、三匹目の毒蛇ですよ。お聞きになりたかったことは、これでしょう?」 「義母上も気合いがお入りのようだ。こう続けて失敗だと、今夜辺りが怖いな。」 ケロリと言ってのけると、ピオニーはまた笑う。ジェイドは呆れた顔で、その皇太子を見つめた。 「カール殿下は、皇帝に向かないというのがもっぱらの前評判ですから、帝妃も気合いが入っていらっしゃるのでしょうね。…最も、私には貴方が相応しいかどうかも評価しにくいと思っていますがね。」 ジェイドの嫌味にピオニーは楽しそうに笑う。遠い幼き日にみせた、屈託のない笑顔を持ち続ける強さを、ジェイドは彼の中に感じる。 そして、胸のざわめきはその数を増した。 毒殺を何度か失敗した後、直接刺客達が姿を見せたのは、数日後の夜明けに近い時間だった。 アスターの兵士達は問題なく我が身と皇太子を守ったが、マルクト兵は未熟なものばかりが選ばれていた事もあり、ジェイドを除く全員があっけなく殺された。 アスターの兵士達が事象の後始末をしている間、その死体が放置された部屋に、ピオニーは残ると言い張り、同胞の死体を片付けるジェイドの様子をピオニーは見つめていた。 あらかた作業を終えて、血塗れの家具や、絨毯だけが残された状態になっても、動かないピオニーを(自分を庇って死なせてしまった事を後悔しているのだろう)と推測して、ジェイドは気休めのつもりで声を掛けた。 「データさえあれば生き返らせる事も出来ますよ。」 「お前は…死体を肉片と思った事があるだろ?」 ピオニーの言葉にジェイドは驚き顔を上げる。彼は困ったように笑いながらジェイドを見ていた。 「何がおっしゃりたいのですか?」 「駄目なんだよ。ジェイド…どんなに同じ様につくっても、同じじゃないんだ。あいつらの変わりは、もうどこにもいない…。待っている人達のところに、二度と帰ってこないんだよ。」 そう言うと、唇を噛み締めて俯いた。肩が震えている。 「…音素が欠けていなくても…。ありもののの記憶を植えつけても…それは、別のものなんだよ…いい加減、気づけよ、ジェイド。お前、天才なんだろう?」 「それが…仰りたくて此処へ留まっていらっしゃったのですか?」 若干の侮蔑を込めたジェイドの問いに、蒼い瞳が憂いを帯びて自分を見つめ返す。そのまま、首を横に振ると、堪えきれないとでも言うように言葉を続けた。 「言いたかったのは、お前だけでも無事で良かった…。それだけだ。」 ジェイドの緋色の瞳も、他者が見れば驚く程に表情を変える。 「こんな事…俺の為に死んで行ったものを前にして、絶対に告げちゃいけない言葉だ。わかってる…でも…。」 張りつめた糸が切れる様にふらりと、前に倒れ掛かる身体。支えようとして、ジェイドはピオニーごと後ろに倒れ込む。 「ジェイドが無事で良かった…。」 抱きかかえて身体を起こすと、腕をすがるように掴む。腕の震えを確かに感じた。 自分の為に死んだ兵士に心を痛め、友人の無事に安堵する。自分自身が、立っていられないほどに参っているにもかかわらず、この男の頭にはそんな事しか浮かばないらしい。 眼の前の次期皇帝候補は、なんて馬鹿な男なのだろう。殺されかかっているのはピオニーで、軍人などただの駒だ。 そう思う。なのに…心を動かされる。 『結局、馬鹿には勝てないということでしょうか?』 理詰めでものを考える自分は、所詮それを飛び越えていく男には歯が立たないという事なのだろうか?与えられた結論に、腹の奥から笑いが込み上げてきた。 「…何笑ってるんだ?」 「いえ、貴方が馬鹿だなぁと改めて思いまして…。」 一瞬だけ、目が点になったかと思うと、自分の腕の中で皇太子も笑い出す。 「今更なんだ?お前には子供の頃から腐るほどいわれたんだが…」 彼の言う、同じものは作れないという言葉の全てに納得したわけでは無い。 けれど、自分自身ですらそう感じる事が出来なかったのにも係わらず、確かに唯一無二と感じる存在が、この世界にあることを、たった今ジェイドは知った。 ああ、そうなのかもしれない。 自分はこの男に勝てないと、ずっと思っていたのではないだろうか。それが、いつも心をざわめかせた原因なのではないだろうか。 何故ならそれに気づいた自分は、次に何をすればいいか明確に把握している。 「…私の負けです。」 ジェイドはゆっくりとそう告げると、腕の中の青年を抱き締めた。 驚いた顔でピオニーが自分を見つめるのを待ってから、腕を外し、跪くと恭しくその手を取る。 「ジェイド…?」 「貴方に、永遠の忠誠を捧げたいと存じます。」 そう告げ、口付けを落とす。「お受けいただけますか?」 すると、ジェイドの急な申し出にかかわらず、ピオニーはまるで知っていたかのように綺麗に微笑んだ。 「必ず生きて帰って来い。約束出来るなら受けてやる。」 「御意のままに。」 それこそ、望むところ。死んで彼を守れるわけがない。 『許す』という言葉と再度の口付けが終わると、それを待っていたかのように騒々しい足音と共にアスターの兵士と皇帝直属の兵士達が現れ、皇太子の無事を確認し、宮殿の奥へと彼の身柄を移した。 これから先は、一介の兵士である自分の身では力及ばない場所。ジェイドは彼の姿を見送って、眼鏡を指で押し上げる。 「さて、もう少し出世しなければならないようですね。」 容易い事だとジェイドは緩く笑みを浮かべた。 あとがき うわ〜い。大捏造!申し訳ありません。気持ちは22〜3歳希望。でしたが、どうも資料的には20歳前かそこらになりますね。 ホドが消滅したあたり。あびすはホントムズカシイ(汗 預言にこいつが王様!って書いてあったら『王位継承の争い』なんか起きようがない気がしたんで、兄とどっちが王になるか曖昧な預言だったって事にしてみました。 弟がピオニーJr.だから、兄はカールJr.(笑 〜fin
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