六花爛漫 走り去った子供の足跡が雪に埋まっても、ピオニーは動かなかった。 いつとも知れぬ時間を軟禁という預言で縛られている子供に、それはどれだけ胸を刺す言葉だったのだろう。もし、現代に返る事が出来たら、生きている事を後悔するようなお仕置きを、洟垂れに喰らわしてやるとジェイドは心に決める。 くぐもった音を立てて積もった雪を地に落としていく中、ピオニーはやっと顔を上げた。身体の奥底から、上がってくる痛みを堪えるように口元を歪める。 ジェイドの顔を見て、微かに目を細めた。笑ったつもりなのだろうかと、ジェイドは思う。 「お前も俺と一緒だな。突っ立ってても誰にも見えずに、相手にもされないで、ひとりぼっちで。」 ひらひらと舞う雪は、ピオニーの涙を白くふちどった。きっと、彼は自分が泣いていることさえ気付いていない。はは、と漏らした言葉は笑い声か。 「忘れちゃうよな。ジェイドも、サフィールも…俺の事なんか。」 ジェイドは堪らず交わる事の叶わない指を伸ばす。頬の雪を拭ってやりたくとも、重る事などない。伝えたい言葉は、声にすらならない。触れたい、抱き締めたい。 もどかしさに、憤る。 無理矢理に動こうとするが表皮が剥がれる感覚と痛みに強ばった。それでも、どうしてもと足掻いた。 しかし、激痛と共に上がった足は、爪先から形を失い、伸ばそうとした指も雪に消えた。足元を流れる第二音素から剥がれたそれは、此処に存在出来ないのだ。 驚き見開かれた水色の瞳が、降りしきる雪に覆い隠されるように視界は再び白く染まった。 ふいに色を帯びた現実は、耳元で聞こえるドドドドドドと鳴る声と共にやってきた。微かに痛む額と、目頭に指を当てて顔を向けたジェイドは、眉を顰める。 「私のじぇいどぉおおおおお〜〜〜〜。」 鼻水涙を垂れ流しながら、突っ伏していたらしいディストが、バネを巻かれた玩具の如く勢いよく抱き付いて来る。 床に溜まった薄気味悪い液体を一瞥くれ、ジェイドはその抱擁を靴底で迎えた。反動をつけて、曲げ伸ばされたジェイドの長い脚は、ディストを壁まで吹き飛ばす。 其処は、見慣れた執務室ではなく、どうやら医務室のようだと確認し、ついでに ディストが動かないのを確認する。 「…死になさい。」 大きな溜息を付いたジェイドに、くくくと笑い声が聞こえた。 「おや、貴方は心配してくださらないんですか?」 「俺のジェイドがそう簡単にくたばるはずがない…と調度サフィールに言ったところさ。」 そう言って、片目を閉じて少しだけ神妙な表情になる。 「…けど、死霊使いが『お化け探知機』で死んだとなったら、どうやって公式発表するかは悩んだぞ。」 「それは、それは。私はどれ程?」 「ほんの2、3分だ。心臓が止まっていたのはな。」 「大した事はありませんでしたね。」 通常を逸脱した強烈な思考を持った脳波が、第二音素に焼き付けられる際は、時間や空間に束縛される事はない。『幽霊』に係わる論文はそんな結論で締めくくられていたように記憶している。理由の在り所はともかく、事実のようだ。…が理由づけはどうでもいいとジェイドは最終結論を片付ける。 今はだた、元気そうで良かったと笑う、この男を見ていたかった。 「もう少しで幽霊になりそこないましたね。貴方になら見えたでしょうか?」 そう告げると、ピオニーはう〜んと首を捻る。 「でもなぁ、あん時俺にもはっきりとは見えてなかったんだ。 半分透けてて、常に雪が被さるように降るからさ。」 ピオニーは微かに頬を染め、瞼に想い出を甦らすように目を閉じる。 「でも、六花爛漫、綺麗だったぜ。でも、目の前で突然消えちまって…思い出しても泣きそうだ。」 降り続く雪の中、ピオニーは確かに泣いていたではないか。ジェイドは、口元を抑えてクスリと笑う。しかし…。 「お前は見えなかったから、あれなんだけど。ネフリーが大人になったらこんな風になるんじゃないかって別嬪でな。」 にへらと頬を緩ませたピオニーに、ぴくとジェイドのこめかみが痙攣した。 真実をついた鋭い言葉だったが、珍しく死霊使いを支配していた穏やかな心情を払拭する。残ったのは、触れたくて触れる事が出来なかった欲求のみだ。 「へ・い・か。」 ジェイドは背中から絡め取るように腕を回した。 「なんだよ……薄気味悪いな。」 クスリと笑うと、キモイと呟く。 「六花爛漫。褐色の肌に散る白はさぞ映えるでしょうね。」 驚愕に見開いた水色の瞳が自分だけを見つめている事に満足し、ジェイドは腕の中の皇帝が逃げ出さないように、力を込めた。 〜fin
夏に考えたんですが、雪の話で、冬に書いたら幽霊の話だし…で、なんだが非常にちぐはぐしてます。すみません。 「ジェピ」で、とだけのリクでしたので、これで勘弁して下さい。 ピオニーの初恋はジェイドだったというお話だったんですよ。…実は(笑 〜fin
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