願わないと決めた でっちあげのガイピオ。 公式だと二人は会ってない可能性が大です(笑 長い廊下は迷宮だった。 譜灯は、天井につるされていても、大人の腰さえ及ばぬ幼子には遠すぎる。まして、忙しげに立ち働く人々の視線も遥か上を通り過ぎていく。 「あね…うえ〜。」 しゃくり上げる声も小さく。喧噪のなかに全て消えていた。上を向くのも疲れた。いや、足も疲れた。泣き疲れた。 そんな時、庭にきらきら光るものを見つけて、あっと思う。 きっと姉上だ。姉上の髪は自分の髪と同じ色だけどさらさらしていて、いっつもお星さまみたいに光る。ああ、良かった。と庭に走り出し、何も考えずに服をぎゅうっと握った。 「どうした?」 でも、降ってきた声は全く聞き覚えのないもの。 青い目と金の髪は姉上と同じだった。姉上と同じ様なさらさらの髪をして、姉上よりも、もっと薄い目の色で、けれど、どう見たってそれは全くの別人で。 一生懸命堪えていた涙が、後から後から溢れてきた。 「あ…ねうえ、じゃ………ない…。」 しゃくり上げながら、やっとそれだけの言葉を言う。そしたら、その人は、困ったように首を傾げた。金の髪がきらきら、お星様じゃなくてお日様みたい。 王様が被る冠のようだと思った。 一度しか見たことはないけれど、父上と一緒にお会いしたこの国の王様がかぶっていた金色の冠。椅子の後ろにあった水もきらきらしていて、眩しくて偉そうで怖かったのを思い出す。 「あいつみたいに、泣いてるなぁ。」 その人は、笑いながら困った顔をして、服を掴んでいる手に自分の手を重ねてくれた。ぎゅっと握って冷たくなっていたから、触れた温度が暖かくてどきどきする。 深い声は、手と同じくらい優しかった。 「どうした?迷子か?」 片手で服を掴み、片手で泣きすぎて痛くなった目を擦りながら、頷く。 「俺もこっちに帰ってきたばっかで、定かじゃぁないんだが…ま、いいか。名前は?」 「がっ、ガイラルディア・がらん…が…でぉす。」 少しばかり長い名前を頑張って告げてはみたが、喉に詰まって、詰まって言葉にならない。 「よし、よしわかった。ガイラルディア。一緒に姉上を探そうな?」 それでも、その人は優しく笑って手をギュッと握ってくれた。 途端に足元はふわふわしてきて、どうしていいかわからない。母上と手を繋いでも、姉上と手を繋いでもこんな風にはならないし、大好きなヴァンと手を繋いだって、凄く楽しくなるけどこんな風にドキドキしない。 顔を見ていたいのに、息が苦しくなって見てられなくて。でも、繋いだ手は離したくない。ずっとずっと、このままでいい。 だけど、廊下の向こうから名を呼ばれた。 駆け寄ってくる姉上と入れ違いに、手はするりと抜けていく。良かったなって言われて、良くないって本気で思う。 そうして、姉上に『どなただったの?』と問われ、名前も聞いてない事に気が付いた。酷くガッカリして、また涙が出る。姉上は、また自分に叱られたせいで泣いたのだ。弱虫ねと言ったけれど、そんなんじゃない。 けれど、この感情の名前すら幼い自分は知らなかった。 ◆ ◆ ◆ 「どうした?」 ふいに掛けられた言葉に、ガイは笑みを纏って振り返る。 月明かりに照らされたピオニーの金糸がサラリと揺れて、ガイは、主君と同じ色の瞳を細めた。 「ええと、何でもありませんよ、陛下。」 「ルークの事、考えてたのか?」 ベッドに腰掛けたまま、手にしたグラスをテーブルに置いた。 褐色の肌を舐めるように真紅の葡萄酒が揺れる。けれど、今その色は皇帝の肌を染める事は無い。 「まぁ、しょうがねぇよな。お前も、ジェイドも『ルーク』で手一杯だ。」 端正な貌には、何処か寂しさを残す微笑み。ガイはふるりと首を振る。 ルークの処遇に憂うのか、それとも旦那の不在を憂うのか。恐らくは両方なのだろう。 「そんな事はないですよ。旦那だって、陛下の命令で第七音素帯の調査に出掛けているじゃあないですか。ただ、親友として、友としてルークを心配しているだけです。 俺はあいつと交わした約束が果たされるのを待ってるだけ…ですよ。」 そう言って笑ってみせても、逆光になる貌はやはり寂しそうだったんだろう。ピオニーは眉を顰める。 その台詞は嘘じゃない。偽りの大地から消えた『ルーク』の事を思わない日はない。大事な親友だ。けれど『ルーク』の名前が、ピオニーと自分を更に近付けてくれる魔法の言葉であることも知っている。 そして、魔法を防ぐ『刀』はここにいない。 ちょいちょいと手招きをされ、グラス片手に彼の隣に座った。 苦手だと言ったガイの為に、グラスは葡萄酒ではなく褐色の液体が満たしている。布越しに感じる相手の温度に上がった体温は、グラスの氷を溶かしていく。 「無理すんなよ? 寂しかったらそう言え、俺は側にいるからな。」 横に並んでも二人に身長差はなく、ふいに伸ばされたピオニーの腕は、ガイの後頭部を捕らえて、肩に凭れさせた。 「へ、陛下零れますっ。」 慌てて腕から逃れ、手にしたグラスの中身を一息に飲み込む。鳩尾は火がついた如く熱くなった。 再度伸びた手には、抵抗することなく身体を寄せる。首筋に顔を埋めて肩に手を回し、抱き付くふりをして押し倒した。 背中はベッドだったが特別に抵抗される訳も無く、ギュッとしがみついていれば、あの時と同じ暖かな手がポンポンと背中を叩いた。 「ガイラルディアは、結構甘えん坊だな。」 そんな笑みを含んだ柔らかな声は、体温と同じで身体全体から振動として伝わってくる。晒された喉元が、喰まれるのを待ちわびているかのように艶めかしい事を、知らない訳でもあるまいにとガイは思った。 貴方は今も、俺が本当に欲しい『もの』はくれない。 〜fin
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