clover is promised


ピオ&ネフリー?


『親愛なる ネフリー・バルフォアへ
 
 元気にしているか?こっちは、まあそこそこ元気だな。』
 
 寮のベッドに腰掛け、送り主の無い手紙を訝しみつつ開封してみれば、そのあけすけな内容に、ネフリーは瞬きを繰り返した。そうして、もう一度、封蝋を確認する。
 差し出し人に対する確信と共に自然と笑みが零れた。成人する前に彼が使用していたものと同様の刻印。

「…ピオニー様…。」

 彼がケテルブルグを離れてから数年経つだろうか?手紙から感じる、『変わらない人柄』が好ましかった。同じくこの地を離れた兄からは、事務的に送られてくる手紙以外手にしたこともない。
 便箋数枚に渡って書き綴られているそれを、一息に読んでしまうのは惜しい気持ちがして、ネフリーは一旦それを机の上に置いた。

「まず、着替えなくちゃ…。」

 口に出して赤面する。何をそんなに言い訳じみたことを言っているのか…。そうは思うが、高揚している気持ちは抑えることが出来ない。
 服を着替えて紅茶を入れ、改めて椅子に座り直す。授業の復習を終えてから、とも考えたがもう我慢出来そうになかった。



 兄がカーティス家へ養子として迎えられた事で、バルフォア家は『支度金』という名の大金を手に入れていた。それによって、ネフリーは全寮制の『ケテルブルグでは最高水準の教育』を受ける事が可能になり、両親は兄を手放してしまった事を半分後悔し、残り半分を安堵の気持ちで受け止めている。
 彼−ジェイド・バルフォア−の(平凡な家に持て余すほど)の非凡な才能は、いつも周囲を翻弄していた。その最たるものが『悪魔』という呼び名と周囲の目。
(最もピオニーに言わせると、どんな崇高な天才でも『神様みたいに賢い』とは称されないから普通なのだそうだけれど。)
 しかし、その悪名も今では薄れ、遠く離れ聞く名声に、郷土の誇りなどという形容詞で包まれつつある。それは、同じく軍に席を置いているサフィールにも言えることで、こちらは元々家柄も申し分なかっただけの事もあり『ネイヨン博士、バルフォア博士』がどれだけ奇人変人だったかという事実を知るものとて少ない。
 彼等の悪名を最たるものにするはずだったネビリム先生の件ですら、事故として処理され、人々の噂話にものぼらなくなっていた。

 物思いと言う脇道にそれた思考を戻して、ネフリーは再び手紙の文字を追う。

 『…で、前に言ってた男には声を掛けたか?と言っても随分前の話しだし、決着はついているのかもしれないな。
 まあいい、一応、俺の見解として書いておく。
 スポーツ万能でそこそこ顔もいいし、性格も悪くない相手だと見た。ネフリーの事だから、直ぐに了解の返事は貰えると俺は思う。
 けど、お前は可愛くてスタイルも良すぎるから性急な話になっていたらと思うと気が気じゃない。変な事を言い出すようなら、直ぐに振ってしまえ。お前は、充分すぎる程に魅力的なんだから、次など吐いて捨てる程だ。俺が保証してやる。
 そうそう、ジェイドの奴も相変わらず綺麗な貌をして皆を騙してやがる。ああいう男にだけは気をつけろよ。』

 兄と顔を合わせているのだ。
こくりと紅茶を飲み干して、ネフリーは兄の手紙を思い出す。DM並みの簡素な言葉が並んだ中で、たった一文だけ個人の感情が垣間見えた事があったのだ。

『馬鹿な部下を持つと苦労します。』あれはきっと、ピオニー様の事だ。不遜な言い草が、全くもって兄らしい。
『そうそう、久しぶりにサフィールにも会った。
引きこもりに拍車が掛かって、会いにいったら研修室に来いと命令された。益々性格悪くなったよな。
 顔を合わせたら、合わせたで、ジェイドの恨み辛みを丸々半日されたし。面白いけど、一種の拷問だぞ。あれじゃあ、共同研究は無理だと軍からお達しがくるはずだよ。』


 懐かしい人々の話。日常の中では、記憶の奥底に仕舞われていてなかなか浮かんではこないそれは、ただ温かい。
 自分の周囲は一変した。恐らく自分自身も変わっていっているに違いないとネフリーは思う。



『いつまでも、お前の幸せを祈っている。』

 最後の記名も無い。代わりのつもりなのか、四つ葉のクローバーが張り付けてあった。
 いつだったか、そんなものがネビリムの私塾で流行った事があったのだ。
 幸運を呼ぶとされたそれは、ケテルブルグでは容易に手に入らず(何と言っても雪国)一部の恵まれた女子にのみ許されたもの(男子は余り興味が無かった)。ネフリーも羨望の眼で見つめていた方だ。
 俺がいつか探してやると言って慰めてくれたのは彼だったが、兄とサフィールは、それを合成しようと企んでくれた。
「覚えていらっしゃたんですね…。」
 あの頃は、彼が皇太子であることも兄やサフィールの事も理解してはいなかった。ただ大切で大好きな人達。まるで、いつまでも続くかのような楽しい日々。そうして、それが許された唯一の時期だったのだろう。
 ネビリム先生の死という切欠が訪れるまでの…。

 コンコンとノックの音がした。

 どうぞと声を掛けると、友人の顔が覗く。
「今度のパーティ、踊る相手決まった?」
「いいえ、まだよ。申し込んで下さった方もあるのだけれど、決めかねていて…。」
「こういうのって一種のお見合いだもんね。気合いを入れなくちゃ…と言ってもネフリーは美人だし、問題無いわよね。」
「そんな事…。だって私、本当の恋をしたことがないかもしれないもの…。」
 
「それだけ、周りに恵まれているって事よね。羨ましいわぁ。」
 
 本物の王子様から幸運の証をもらって喜んでいる現状では、どう考えても白馬の王子を夢見る事など出来そうも無い。
「困ったものね。」
 ふふっと微笑むと、ネフリーは手にした手紙を大事そうに両手で包んだ。


〜fin



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