over the rainbow


捏造の書きかけシリーズ。←いつシリーズものになったのだろう。
上の兄ちゃん捏造の上に(先帝×が前提)の奴なので、気分を害する方は避けて通ってください。




「久しいな。」
 皇帝の私室を出た途端、そう声を掛けられた。
人払いはしてあったはずなのに‥一瞬飛び跳ねた心臓の音を口から出さないよう、ピオニーは慎重に言葉を選ぶ。
「兄上も健やかで何よりです。」
 深く下げた頭をもういいだろうと上げると、兄の手はピオニーの髪を掴んでいる。
「兄…上?」
「益々似てきたと思ってな。お前の母は美しい女性だった。」
「…義母上には及ばぬ不調法者だったと聞きました。野に咲く花。たいしたものではありません。」
 
 金色の髪。蒼い瞳。
しかし、自分との共通点はここまで、屋内に籠もる文官である兄の肌は透けるように白い。褐色の肌を持つ自分とは雲泥の差だ。
 頬の肉付きも充分とは言えず、細い顎や頬は神経質なたちを如実に表しているように見えた。食も細いと聞いた事がある。推測なのは、彼とテーブルを共にして食事などしたこともないからだ。
 そもそも、顔を合わせたのも何年ぶりだろうか。
 帝位継承権第一位の彼は、謁見の際はつねに皇帝・帝妃と共にあちら側の人間で、跪く自分の先にいる相手。おまけに、ケテルブルグに軟禁される前に会ったきりと言ってもいい間柄だ。

「いいや、美しいさ。父上が離したがらないほどにな。」
 くつと嗤う声に、嫌な汗が背中に流れる。牽制なのか、警告なのか。
 語尾に感じる威圧的な響きとは裏腹な、甘い含みを持った声色は彼が何かを期待している故なのか。
「幼い頃は私とも遊んでくれたものだが。こっちへ戻って来てももっぱら‥。」
 
 カツンと硬質な音が廊下に響く。
 警備兵すらいない宮殿の深淵に踏みいって来たのは、マルクト軍屈指の逸材『ジェイド・カーティス大佐』の姿だった。
「お迎えにあがりました。ピオニー殿下。」
 後ろ手に立ち、にこりと微笑む。貌だけ見ていれば地獄で天使に出会ったようにも錯覚する。緩んだ兄の手から髪を引き抜き、ピオニーは再度深く一礼し場を去る。
 自分の履くブーツの音はやけに耳に付き、しかし、直ぐ後の靴音がそれに重なると心地良く響いた。

「わざわざ御苦労。」
 自分を追う相手に応えはない。
「こうも私室に呼び出されて、晩酌につきあわされるのは、幾らなんでも身体がもたんな。たまには、側女でも呼べばいいんだろうが、世間で言われているほどにお盛んでもないらしい。」
 我ながら言い訳じみた言葉に苦笑する。こんな事をするのも、背中に刺さるジェイドの視線が痛いからだ。
 気付いているのだろう。俺が皇帝の私室に呼ばれて何をしているのか。
それでも嫌味のひとつもでないあたりが、こいつの優しさということか…。
 難しい貌で後に続く幼なじみに向かい、にこりと感謝の笑みを送って宮殿を後にする。何はともあれ、さっきは助かった。冗談抜きで、これ以上は身体が持たない。

「貴方は…。」
 溜息の混じったジェイドの声が背中に告げる。
「こんな時でも笑うのですね。」
「他に何も出来んだろう。」
「馬鹿ですね。」

 ジェイドの声が今まで聞いた事もない響きを帯びていて思わず振り返った。

「…貴方は、馬鹿です。馬鹿ですよ。」
「ああ、そう思うぜ。」

 帝位などいらない。

 望んだ事など一度もなかったし、望める立場でも無い。俺よりも継承権が低くたって、可能性が高い者は沢山いる。
でも、俺が手を貸す事で、父の心が少しでも収まり、この国の人間が住みよくなってくれればそれでいい。俺に出来る事など、せいぜいこの程度。力不足を嘆いて自暴自棄になる位なら、今出来る事をするだけだ。
 親父には唯の駒かもしれない人々は、俺にとって、身近で大切でただ、笑っていて欲しい者達。この肥沃な大地に生きる者も、あの極寒の地に住まう者も全てが等しく大切だった。


「ちょっと、飲み過ぎたな。」
 少しだけ揺れる身体を持て余して、庭園の柱に寄りかかる。
見上げる空には朧に浮かんだ満月。周りを囲むように薄い色彩を纏っている。
「あれも虹になるのか?」
 問うと、ちらと見て『ええ』と頷いた。眼鏡を指で押し上げる仕種でこちらに視線を送る。
「言い伝えでは、月にかかる虹は不吉だと言われていますよ。」
「は、根拠のない言い伝えなんぞ、信じやしねぇくせに。よく言うよ。」
「なら、虹の向こうに幸福があると言いますが…………行きたいですか?」

ああ?


 斜めに振り返って、ジェイドを見る。
眼鏡が反射して、ただでさえ無表情なのに眼すら見えない。一体何が言いたいのか、と思わず微苦笑になる。

「いいや、俺はここがいい。お前もいるしな。」

馬鹿ですね。ジェイドがもう一度呟くのが聞こえた。


読んじゃった方はすみません。笑って許してください。



〜fin



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