ファブレさんとぴおさまのお話 やけに重い瞼を上げた時気付いた事は、『自分は死んでいない』という事実だった。寝かされていたベッドとその周辺を見回し、姿見があるのを見つける。 写し出された姿は、青い髪飾りこそ意識がある時と一致したものの、血にまみれていた筈の服は見慣れないものに変わっている。 「…これは、キムラスカの…?」 ピオニーは首を捻って、立ち上がった。ふらつくでもなく、しっかりとした足取りで窓辺に向かう。手入れの行き届いている綺麗な庭園。色とりどりの花が咲き乱れいている。そこだけ見ると、天国と思えないでもない。 しかし、ピオニーは微苦笑を浮かべてふるりと頭を振った。あの所業で天国へ行けると思うなど随分とおこがましい。そして、此処が天国などではない証拠に、窓も、扉も外から施錠されていた。 つくづく軟禁と縁の深い人生だと溜息をついていると、この建物を囲むように見えている場所から、人影が近付いてくるのに気が付いた。自分が最後に言葉を交わした敵国の侯爵。 重々しい音と共に扉は開かれ(余程頑丈に施錠されているらしい)、ほどなく男は部屋へ踏み込んできた。 宮殿で対峙した際の、張りつめた雰囲気もなければ、険しい表情もない。血の如き赤だと感じた髪は、温もりを感じる色へと変わっている。 穏やかな笑みを口元に浮かべて、軽く膝を折る。 「お目覚めですか、陛下」 「亡国の王に敬意は必要ないだろう? ファブレ侯爵。…ただ、今の自分の有り様は伺ってもいいだろうか?」 征服された国の、まして王など奴隷以下の存在だ。どんな扱いを受けたとしても文句を言えた義理はない。 「…俺は、捕虜として連行されるところなのだろうか? キムラスカで公開処刑されるということか?」 細められた瞳は、ピオニーから目を反らし部屋を一巡した。つられて、ピオニーも周囲を再度眺める。派手さはない、だが、重厚な家具達や、丁寧に装飾を施された柱や壁は、身分あるものの為に設えられた部屋だと感じられた。 視線が己に戻ってきたのを見届けて、ファブレ侯爵は、くっと笑う。 「貴方を王座で殺さなければ、教団の方々に何を言われるかわかりませんので、公開処刑など有り得ません。 私が自分の意志で、勝手にグランコクマからバチカルへお連れしました。」 侯爵の言葉にピオニーは息を飲んだ。ならば今自分がいるのはキムラスカの首都なのか? 「……そして、此処は、亡くなった息子が使っていた部屋です。」 また、息が詰まる。 ファブレ侯爵の亡くなった息子−ルーク・フォン・ファブレ−、アクゼリュウスの崩落と共に消えた青年。 ピオニーの瞳が揺らいだのを、彼は見逃さなかった。 「陛下、貴方のせいではありません。預言の通りに、行かせたのは私の罪。 そこへ赴けば失うと生まれた時より知っていて、真実我が子でありながら、情愛を感じない様に遠ざかっていたのもまた、私の責任でしょう。」 「それでも、救援を求めたのは我が国の…。」 「そんな国はもうありません。貴方が責任を感じる事はない。」 貴方が命を下さなくても、預言はその使命を全うしていたのだろうから。 「息子を失い、妻は失意のうちに亡くなりました。元々、身体の弱い女で、息子の成長が生き甲斐でしたので無理もありません。」 守れなかった。男の諦めきった顔がそう告げた。 この男も何もかも失ったのだと、ピオニーは気付く。キムラスカが勝利し、未曾有宇の繁栄を手にした今でさえ、彼の手からは全て流れ堕ちてしまったのだ。 淡々と侯爵の口から語られる史実を聞きながら、ピオニーはぼんやりと彼の貌を見つめ返した。 グランコクマに攻め入り見たものは、全ての国民を逃がしたがらんどうの宮殿で、ひとり微笑む金の皇帝の姿。 その時『死なせたくない』と胸に浮かんだ。と同時に、血で染めると預言されている方を、この地から連れ去ってしまえば、それが前提の預言はどうなってしまうのだろうか…とも考え……。 「…それほど、貴方がに魅せられたという事でしょうか。…逆らいたくなったのですよ…。」 『預言に』と侯爵は笑う。敵国の王を討ち取り、妃を略奪して己の妃に迎えたという故事になぞらえた言い回しを感じたが、その一方で、声にならない懺悔を聞いた気がした。 『あの時、アクゼリュウスに向かう息子を己の意志で引き留めてさえいれば…あるいは…。』 背に手を当てられ、腰を引き寄せられる。何をされるのか、察しはついたが、ピオニーには逆らう気はなかった。 無骨な、けれど美しいと感じる手が顎に掛かり、ふわりと頬にかかってくる赤髪は心地良い。優美な動きで上を向かされる。 男の翠は濁っているわけでもなく、ただ、たゆとう水面のごとく、細波が覆い底を見せない。 きっと、俺は逃げられないだろう…。ピオニーはそう思いながら、瞼を閉じた。 彼を満たしている悲しみに踏み入ってしまえば、堕ちていくだけだ。 何故なら自分も同様に失った者だから。 今、自身がこうして生き残っているという現実が、酷く奇妙で。思考は、全くと言っていいほど動かない。 ジェイド…アスラン…皆は無事に逃げ延びているのだろうか? 辛うじて動いた頭は、それだけの事を思い、重ねられた唇は全てを消し去った。 この後、ジェイドさん達が来てもヨシ。ファブレさんと独居老人ふたりで(オイ)幸せに暮らしてもヨシ。 そう言えば、秘預言成就の世界では、ガイやヴァンはどっちについている設定でしたっけ? あれ、そんなの無かった? 導師は存在しない世界?? 〜fin
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