濡れた眼差しの行く末


 ゆらゆら揺れている水面には、褐色の腕を差入れる。熱くもなく、冷たくもない緩い温度。心地よさにそのままで放っておいた。
 ひたひたと頬を浸していくそれが、金を巻き込んで散らしていく。
 横では、この街を守っているものとは違う水音が、絶え間なく聞こえていた。

「眠っちゃ駄目ですよ〜陛下。」
「ん〜。」
 抑揚のない声自体が緩く眠りを誘う。
「困った方ですねぇ。」
 上の方から聞こえる溜息まじりの声。

 うん、わかった。寝てない…寝てないぞ…。

「眠ってるじゃないですか。」
 バスタブに溜められていくお湯と同じ様な乳白色の腕が、目の前に落ちてくる。
「お湯も溢れて、バスローブもずぶ濡れですよ。」
 声は相変わらず上から、綺麗な手はお湯を流し込んでいた蛇口を捻る。細くて長くて白い綺麗な指。爪だけがほのかに桜色。
 水音はもうしない。時々、バスタブから溢れたお湯がタイルを打つ音がするだけ。湯舟に付けていた手を持ち上げて、綺麗な指を掴んだ。
「どうしましたか?」
「ああ、綺麗だなぁ…。」
 バスタブの上に顎を乗せて、摘んでいた指をもう片方の手に乗せる。クスリと嗤う声がした。
「散々貴方を虐めた指…ですよ?」
「だった…なぁ…。」
 何故か、笑えた。
 そうそう、こんなに身体が怠いのも、こいつのせいだった。どうして忘れちまうんだろうなぁ。白い指が白い湯気の中に溶けていくから、忘れてしまうんだろうか?
「陛…ピオニー…。」
「ん…。」
 せっかく、名前呼んでくれてるのに、返事をするのも億劫で。

ごめん。

「んな。…ジ…ェイド…。」
「…どうして、貴方が謝るんです。無理をさせたのは私でしょう?」
 スルリと指が目の前をすり抜けて行くのと同時に、首筋に息が掛かり、後ろから抱き締められているのがわかる。
 羽織っていたローブの紐が、排水口へと向かい流れていくのが見えた。
「仕方ありませんね。洗って差し上げますので、大人しくしていて下さい。」

「ん…っ…。」
 ゆっくりと撫で上げられていく感覚に、声が漏れる。
「そんな眼をして、誘っているようですよ。」
「…って、気持ちい…。」一瞬、肩に掛かる息が止まった。

「…ピオニー………いいですね?」

 『何を』と言わない囁きに、俺はうっかり頷いてしまった。


〜fin



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