夕焼けに染まる


 旅の途中、帰港していたジェイドは、逢魔が時に沈むグランコクマの街で見知った背中を見つけた。不思議がる仲間達と別れ、その後を追う。
 一面を赤く染め上げていた空は、やがて蒼を濃くした黒へと姿を変えていく。
街と大陸を繋ぐ橋の手前、波止場でやっとその背中に追いついた。

 忙しく家路に戻る人々を見つめて、ただ佇む。王座に座り、謁見者からはさぞかし大きく見えるであろうその背中も、今は小さく見えた。
 足早に歩く者達は、誰一人その人物が何者なのか気付きもしない。人の波に逆流するように歩くジェイドに鬱陶しそうな視線を向け、誰を確認して慌てて眼を反らしす。
 階段を降りて、足音もなく近付くと相手を背中から抱き込んだ。
 抵抗もなく傾けられる身体。相手の負担にならないほどの重みが彼の思慮と心情を感じさせた。
「また、こんなところでフラフラと…暗殺しますよ。」
「物騒だなぁ。」
 そう言うとピオニーがクスクスと笑う。
「俺はこの時間が好きなんだ。」

「街に灯りがともり、良い香りが漂う。生きる営みを確かに感じる事の出来る時間だ。あの灯の元には、確かに幸せがあるような気がする…。」
 そう言うと、蒼穹の瞳を瞼に隠した。微かに震える睫毛が穏やかならぬ彼の心。
「…貴方が守っているのですよ。陛下。」
 囁くと身体を震わせた。「…俺が…。」其処まで言って言葉を飲み込んだ。
 悲しいまでに、強くあろうと願い、口に出さない迷い。今、自分が口に出した言葉と正反対の想いを秘めている心。

「守って…いらっしゃるんですよ。」 
繰り返し告げると、長く垂れた前髪を片手で引っ張られた。「キモイほど、優しいな。」
「貴方のお気持ちがわからないほどに、馬鹿ではありませんから。」
「…ん。助かる…。」

 失った命の分だけ、その灯火は消える。守るという事実は、奪う事もまた可能だと告げている。静かに帷が降りていく街、夕陽を背負い血の色に染まる皇帝。

『王座を血に染めて。』

 ふいに、秘預言がジェイドの脳裏に蘇った。こんなものに、奪われたくは無いのに。

 前触れもなく重ねた唇は、許容と共に返された。
ただ、深く相手の心を掴み取るように、もしくは、相手の中に自分を残していくように。深く、ただ深く。
 名残惜しそうに離れていく顔と、未だ、互いの服を強く掴んでいる手。
「……丸見えだぞ。」
「逆光です、見えはしませんよ。それに、大層スリリングではありませんか?」
「変態め。」
 夕陽が沈んでもなお、顔が赤いとわかる相手はぶっきらぼうにそう答える。
「あっ、もう日が沈んじまって…。俺は夕日を背に街を見るのが好きなのに…。」
「私は嫌いですよ、血の色みたいですから。」
「何言ってる、お前の目の色だ。」

 ああ、貴方には夕陽は血ではなく、私の瞳の色なんですねぇ。
ただ、そんな事が嬉しくて。
「私に抱かれて、街を見るのが好きだということでしょうか、陛下?」
 途端、調子に乗るな!ぴしゃりと手を弾かれる。


〜fin



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