身を焦がしても君を想う


 随分と自己犠牲な想いだよな。自分で制御出来ないからこその恋慕の情とは言ったものの、その恋の炎で我が身が焼かれるほどに相手を想うなんてな。

 ピオニーは捲っていた頁を止めて、息を吐いた。そして思う。
 ネフリーに対してそこまでの気持ちを持っていたのかと言えば、きっと違う…。未だに燻ってるところは、『熾の恋』とでも名付けたら、ぴったりなのかもしれないが、そんな激しい気持ちはなかったなぁと結論づけた。
 そして、寝転がった胸の上にネフリーを抱き上げて頬を寄せた。鳴き声を上げて、鼻を近付け匂いを嗅ぐ。湿った鼻の感覚がくすぐったかった。
「ネフリー。」
 名を呼ぶと小さく鳴く。やっぱり、同じ名前なだけはあって賢い子だな。優しい瞳も彼女を思わせる。
「ネフリ…。」
   何度その名を呼んだ時だったんだろうか?彼女と似て非なる瞳が自分を見つめていることに気が付いた。ネフリーを抱き締めたまま身体を起こす。
 扉の前にいるジェイドを見つめた。
「来ていたのか?声をかけりゃいいのに。」
 何の音もせずにどうやって扉を開けて閉めたのか、死霊使いなんて呼ばれているが、本人が死霊なんじゃないかと思う。
「いや〜、陛下が鼻の下を伸ばしながら、妹の名を連呼していらっしゃるのでお声が掛けづらくて。」
 にっこり笑ってそう告げるジェイドの瞳は冷ややかで決して笑ってはいない。
 ネフリーにはあってこいつに無い「親しみやすさ」とか「優しさ」のお陰で、ジェイドは冴えた美貌の持ち主だ。それが、こういう澄ました顔をすれば、より一層寒々しさが際立つ。綺麗な顔をしているから尚更だ。
 まさかと思うが、本人は愛想良くしているつもりなのだろうか?だったら相当な勘違いだ。  思わず、口をついて言葉が出る。
「キモイ…。」
 途端表情が一変した。無表情になった顔と、対照的に瞳に生まれる焔。
それは、近頃見慣れたものになりつつあった。



「っつ…う……。」
  声が出そうになって歯を喰いしばる。制御出来ないそれを受け流す何かが、どうしても欲しかった。無意識に手が床でそれを探す。
 ふいに組み敷かれていた床から抱き起こされ、その相手にしがみかされた。
自分を好きにしている相手に縋るしかないなんて、情けない話だったがそれ以外どうすることも出来ない。
「爪をたてるなら、こちらへどうぞ。」
「…あ?」
 ジェイドの言葉が理解出来ずに、ピオニーは怪訝な表情で見上げた。
 目が合うと、こんな時でさえ乱れない美貌が嗤う。
それでも、良からぬ事を考えているだろうこいつの顔に、感情が見え隠れするから、つい許容してしまう。
「床に爪を立てると怪我をしますよ。綺麗な指なのに勿体ない。」
『じゃあ、やめろ。』と即刻口にしたかったが、そんな事を許す相手でも無い。
 そして、それが相手の望む事だったのか、俺はあいつの白い背中に何本もの赤い線を印した。

 朦朧とした意識でも白い背中についたそれは酷く痛そうで、自分もこんな状態で、お互いに相手に傷を残す関係なんて、案外『身を焦がしても君を想っている』ようなものかもしれない…などとぼんやり浮かんだ。
 ネフリーに対する感情とそれはやはり違う。

 それでも、自分を見つめる緋色の瞳が、僅かばかり優しく見えるから良しとしておこうか…。


〜fin



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