朽ちていく花 謁見の最中だったが、使者は書状の内容を読み上げるので精一杯でこちらの様子は見ていない。しかも、その内容は予め知らされていたものなので、ジェイドは特に注意は払わなかった。同じように皇帝陛下も退屈なのだと見てとれる。 「そう言えばそうだな〜。」 ボソリと呟く。 そうだった。そうだったと何度も頷く。 無視しようとすれば、無視出来たが根本的に目の前の皇帝陛下の思考回路には興味がある。 一度病理解剖をしてみたいと言ったら、物の怪を見るような目つきで見られた覚えもあった。ジェイドは上体を傾けるようにして小声で聞く。 「何がそうなんですか?」 「お袋より長生きしたなぁと思ってな。」 皇帝陛下は、口元を僅かに引き上げて笑った。 謁見が終わり、大きく伸びをしてる皇帝にジェイドは問いかけた。 「どうしてあの時、あんな事を?」 肩を揉みながらピオニーは首を傾げたが、ああと思い出す。 「貢ぎ物の中にあった花…お袋が好きだったものだったと思い出して、それでだ。」 そう言われて見れば…とジェイドは謁見の時の様子を脳裏に浮かべる。後ろに控えていた者達が持っていた品々のなかに確かにそれはあった。 砂漠にのみ生息する白い花。名前は何といっただろうか?正式名称を述べると、ピオニーは眉を顰めた。 「そんな小難しい名じゃなくて『砂漠の花』。お袋はそう呼んでいた。滅多に見る事もない幸運の花なんだと。」 『砂漠の花』 それは、ピオニーの母親の俗称ではなかっただろうか? 砂漠に咲く美しい花のようと讃えられた彼女は、前皇帝の寵愛を一身に受けたと噂話が伝えていた。ピオニーを見れば、母親の美貌は疑いようも無い。 「では、思い出もおありのようですので、あの花をお手元におかれますか?」 ぶうさぎだらけの私室に置くのもどうだろうとは思いながら、ジェイドはそう提案した。皇帝に捧げられたとはいえ、国の財産。普通は倉庫へ直行の品々だが、花は宝箱に入れておけるわけでもない。 しかし、皇帝は首を横に振った。 「恐らく、あの花はグランコクマではすぐに朽ちてしまうだろう。」 ピオニーはそう言って笑う。 「砂漠でこそ生きていける花だ。こんなところでは枯れる。」 それは、母親の死に対する彼なりのコメントだったのか、それとも事実を述べただけなのか…。伏し目がちの眼差しは、どちらともとれた。 「俺は朽ちていく花を見守っていくのは好きじゃない…。」 「私はずっと見ていますよ。」 ジェイドの言葉に、ピオニーは訝しげに顔を上げる。 「咲き誇る時も、アブラ虫だらけになった時も、萎れていく姿もずっと見ています。枯れたら、標本を作りましょう。」 にっこり笑って言われた言葉に『悪趣味な…』と、ピオニーの顔が告げていた。 「ですから、後の事は気になさらずにそのままでいて下さい。」 「お前は何のことを…。」 言葉は、そこで途切れた。 重なっただけの唇はすぐに離れて行く。 「…いきなり…何だ?」 微かに頬を赤らめ拗ねたような表情に、ジェイドは嗤った。 自分の瞳の色だからですかね。私は白よりも赤い花が好きだと思ったんですよ。 〜fin
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