抱擁 最初は薬だった。 小さな小瓶に入ったそれを、最初からそのつもりで持っていたのか…はわからない。…が、いつものように訪れた、こいつ−ジェイド−の執務室で、口の中に突っ込まれた。 逃げようとしたときには既に遅く、顎を掴まれて飲み干させられ、身体の自由を奪われ、そのまま組み敷かれた。 二度目と三度目もほぼ同じ、四回目は流石に察しがついて、逃げようとしたらその前に拘束された。 「…で、今度は何だ?」 「この順番なら、譜術ですね。」 そうきますか…と、眉を顰めたピオニーを見下ろすジェイドの緋色の瞳は変らない。 ああ、同じ色だなぁとピオニーは思う。この事に気付いてないあたりが、なんともこいつらしいが。 ソファの角に背を預けているピオニーの足の上に、体重を掛けてジェイドが乗り上げている。ピオニーの片手はソファの肘掛に置かれて、ジェイドの手がその上に重ねられている。もう片方の手は、自分に圧し掛かっている男の肩に添えられていた。 ジェイドは、自由な手を持ち上げるとピオニーの額に翳した。 床に散らばっていた本が、完成していく譜陣と共に揺れる。 「本気か…。」 「貴方が悪いんですよ。あれだけの事をされていながら、また二人きりになればどうなるか、わからないわけじゃないでしょう?」 「ま、同じ男だしな。」 苦笑いをすると、気に食わなかったらしく口元を歪める。ぞっとするほどに綺麗な顔立ちにそれはあまりにもよく似合った。意はなく、身体が反射的に後ずさる。 その瞬間、ジェイドの瞳の中で光が生まれて消える。 そう、それだ。その色が俺を捕らえる。 俺を組み伏せている間、時折生まれるそれが俺を捕らえて離さない。 そして、序々に遠くなる意識と、動かなくなる身体。支える力を無くした上体は、重力に従おうとする。衝撃を受けない様にと添えられたジェイドの腕が酷く優しくて、ピオニーは瞼を閉じた。 こうやって、目を閉じているとなおさらわかる。 どんなに酷い言葉を投げかけてこようと、その手はぎこちない程に柔らかく触れてくる。 「何故、ですか…貴方は。」 屈辱でしょうに、何故抵抗しないんですか…。 俺に聞こえないと思っているのか、思わず声になったのか、そう呟くのが聞こえた。 身体の自由がきいたなら、俺は高笑いをしていたと思う。 抵抗なんて…出来るわけないだろう。 目が俺を好きだって言っている…手が愛しいと語っている。 全く気付いていないのは、ジェイド、お前の上等の脳味噌だけだ。 だから、今は告げない。教えてやらない。 俺の態度に、迷って困って悩むといいさ。 どんな天才にも解けない謎をまたひとつ抱え込めばいい。 ああそうだ、示唆くらいならしてやるよ。俺は、慈悲深い皇帝陛下だからな。 こうやって、動かない手でお前の背や首にまわす腕。 けど、こんな明快なものだって、きっとお前は気付かない。頭が良すぎるというのも不便なものだ。仕方ないから、降参した時にだけ教えてやる。 俺もずっとお前を好きだった…そんな単純な答えをな。 〜fin
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