衝動


 好きという言葉が、砂糖菓子の様に、ただ甘く口の中で溶けていくものを示しているのだとしたらこれは違う。
 愛しているという思いも、相手の幸せを願うものだと言うのなら、今自分の中で抱いている思いは、それとは全く別のものだ。


「…ド…、ジェイド…。」
 耳元で嗚咽に紛れて呼ばれる自分の名前は、切れ切れで、そうやってしがみついていないと辛いのだと理解出来る。
 それでも、自分が与えている行為によってもたらされた表情を見たくて、自分に密着している身体を引き剥がして寝台に沈める。両手を顔の横に縫いつけて、きっと凄惨な色を帯びているだろう緋色で見つめた。
 反らされることなく真っ直ぐに見つめ返してくる瞳。褐色の肌に浮かぶそれは、まるで砂漠にあるオアシスのようだと思う自分が滑稽だった。
 ただ、澄んだ水を湛えているからこそ、その泉を掻き乱したくなる。幼い頃に新雪を踏み荒らした…感覚はそんなところだろう。

『もっと、泣かせて差し上げましょうか?』
 冷静な奸策が頭を支配していく。そうしたら、彼の瞳の中から自分の胸を締め付ける様な輝きが消え失せていってくれるのだろうか…。
 この、なんと呼んでいいのか、名前すらもわからないこの思いを。

 泉が揺れる。
「…手、放せ…。」
 荒い吐息を紡ぎながら、そう言う。
否定の言葉を投げかけると、涙目で睨んだ。そんな顔をしたって『私を煽るだけなんですが』と心の中でほくそ笑む…と、再度、ピオニーが唇を開いた。

「いいから…放せ…。」
「お断りします。」
 抵抗するんでしょう?そう問いかけると、首を横に振った。

「…お前…自分がどんな顔してるか…わかってない…。」
 そう言うと、眉を潜める。
「酷い…顔だぞ…。」
    その言葉に思わず片手を離して、自分の頬に触れた。
それを追うように開放されたピオニーの手がそっと伸ばされ、自分の頬に触れたままの手に重なる。滑らかで綺麗な指が、頬にかかっていた髪を撫でつける。ぎこちないその仕草は何故か心地良く、吐息が漏れた。

「大丈夫だ…。」そう呟くのが聞こえた。

何が、『大丈夫』なのでしょうか…?
 貴方…それとも私ですか?

 問うように唇を重ねても、当然その答えを聞くことなど出来ず。
まだ体内に留まったままの熱をそのままにしておく事など、それ以上に出来るはずもなく。その優秀な脳味噌も思考を鈍らせる。
 それは、ピオニーも同じ事で、頬に当てられていた腕が力を失っていく。

 どんなに恥辱しても輝きを失わない、その瞳の意味を知りたくて、何度もその身を求めてしまうのかもしれない。
 そして、汚したいと思っていながら、このままでいて欲しいと願う己がいる事もジェイドは知っていた。
 瞳の奥の揺るがない何かを、いつか自分は知ることが出来るのだろうか。


 その願いは、一生側を離れられないという衝動に思えた。


〜fin



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