住処


 ルーク達との旅の途中、久しぶりにグランコクマに戻ってきた。
 彼等は思い思いの場所に散り、自分は久しぶりに執務室へと向かった。
書類や報告書の類が溜まっているのだろうと思うと、うんざりもするが少しでも手を付けておいほうが後々楽に決まっている。
 カーティス家に帰るでもなく、だた仕事場へ向かうだけの自分に気付くと、ジェイドは口元に自嘲の笑みを浮かべた。

こんなものか…。そうも思う。

 …と、誰もいないはずの執務室から物音がした。察しがついてジェイドは溜息を付く。扉を開けると、予想に反する事なく皇帝陛下が床に本を積み上げていた。
「お?ジェイド、お帰り。」
 その本に上に肘を置き、のけぞりながら顔を向ける。
変わらない笑顔にふと笑みがこぼれそうになり、ジェイドは口元を引き締めた。
「何をなさっているんですか?」
「片付けをなさっているんだ。」
 えっへんと顔に書いてある。ジェイドは驚きに眼鏡をずり落としそうになった。
「一体なんの酔狂ですか?貴方が片付けなどと…。」
「いや、久しぶりにお前が帰ってきていると聞いたから、ちょっとな…。」
 見れば、ピオニーの生息範囲が広がっていて、机の直ぐ横まで浸食されていた。
なんて単純かつ明快は理由でこの男の行動は決まるのだろう。
「陛下。私の執務室まで、ぶうさぎの牧場になさるおつもりですか。」
「だから、こうやって片付けてやってるんだろう。」
 何故か威張ると、両手いっぱいに本を抱え本棚に向かう。しかし顔の半分が隠れる程の高さに本を積んでいるので動きがとれず、そのまま本棚と睨み合っている。
「む?」
 一端降ろせばいいと思うがが、『このままで本を収められないか』と横着な事を思案しているようだった。
 全く…ジェイドは溜息を付くと、ピオニーの横に並び彼の腕の中の本を棚に収めはじめる。全てを収めると、次を指示した。
 再び本を山積みにしたピオニーが、ジェイドに笑い掛けた。
「手伝ってくれるとは思わなかった。ありがとな。」
 素直な返事に、素直に応じられないのはもはや習慣。
「そうですね、今の私は変ではありませんか?。実は私が偽者の暗殺者で、貴方を殺そうとしているかもしれません。」
 きょとんとした顔が、破顔と言っていいほどの笑顔に変わる。笑い続けると『お前の冗談、最高!』と感想までくれた。やれやれ…と一人語ち、ジェイドは隣で馬鹿笑いを続ける男を眺めていると、いい加減笑い疲れたのか、目尻に涙を浮かべながら肩を震わせるに留まった。
 ふいに目が合う…と、また笑う。
「お前になら殺されてやるよ。」
 最後に責任をとる商売だ。どうせ死ぬなら、その方が良い。そんな言葉を告げる。
「馬鹿な事を…陛下を死なせはしませんよ。」
 ジェイドは手に持った最後の本を戸棚に収めながら呟いた。くくっとピオニーが笑う。
「いい台詞なんだろうけど、死霊使いが言ってるあたりで微妙だな。」
 死霊使いが死なせない…変な言葉だと彼は笑う。つられるようにジェイドも笑みを浮かべた。

 再びピオニーの生息範囲は部屋の隅っこのみとなり『大変よくできましたね〜』と眼鏡を指で押し上げジェイドが笑う。
「ついでに、頭も撫でて差し上げましょうか?」
 にっこり笑ってそう告げられるとピオニーはあからさまに顔を歪める。
「…いや、いいキモイ…。」
「まぁ。そう仰らずvvv」
「寄るなっ!目がマジだぞっ!」
「本気ですから。」
「何がだっ!?」

 小気味よい会話は帰る場所へ自分が帰ってきたとジェイドに感じさせた。
お帰りと笑ってくれる相手がいる此処が自分にとっての住処なのだとどんな理屈よりも確かに認識も出来た。

  「言い忘れておりました。只今、戻りました、陛下。」


〜fin



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