Valentine


 教室で会う女の子は、ジェイドにチョコなんてあげない。無下もなく断られる事を知っているから。それでも、よその街の女の子とか、彼を待っていて差し出したりする。
「受け取って下さい。」
 そう言って目の前に出されたものを見ても、ジェイドは表情すら変えないんだ。
「いらない。食べないから。」
 そうして、僕は貰った事がない。毎年それは変わりなかった。

「はい、ジェイド、サフィール。」
 にこにことピオニーが笑いながら、差し出したチョコレートを前にして、ジェイドの顔色が初めて変わった。戸惑う様に頬を染めた、僕が見たこともない表情。
 もちろん僕も吃驚していたから、ジェイドもそうに決まってるけど。
「今日は教室に行けないかと思ってたから、渡せて良かった。」
 胸に手を当てて安堵の溜息を付くピオニーに、僕もジェイドも言葉がない。
 沈黙の後、ジェイドがぼそりと呟く。
「……お前…。そういう趣味か?」
「何が?あ、ネフリー、はいこれ。」
「え?」
 ネフリーの頬が赤くなり、吃驚した顔がピオニーを凝視する。
「あの、あのね?今日は、女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ。ピオニー…だからね…。私…。」
 きょとんとした顔をしたピオニーが、僕たちの顔を見回す。
ジェイドは憮然とした顔のまま、僕はネフリーに同意して首を縦に振った。
「へえ、こっちではそうなんだ。」
 どおりで、チョコを買おうとしたら変な顔をされたんだなんて気にも止めない様子でそう言うと、ピオニーは満面の笑顔を見せた。
「僕が前に住んでたところでは、大切な人達にあげるんだ。だから、三人には絶対あげたいと思ってた。」


   牢屋の中で丸くなっていると、当たり前のようにこの男はチョコを差し出した。
「お忍びで街まで買いに出てやったぞ、喜べ。」
「喜べません。そんなことジェイドに言わなかったでしょうね。私が殺されますよ。」
「大丈夫だ。あいつにもやった。」
 にこにこと囚人にそれを差し出す皇帝は馬鹿だと思う。
なのに、頬が染まるのは何故なんだろうか。涙が出そうだと感じるのはどうしてだろうか…。
「お〜や、サフィール。貴方の方は私のものより大きく見えますね。」
 片手にチョコを翳したジェイドの能面のような笑顔で見つめられると、背筋に脂汗が滲んだ。
 こっ殺されるっ!?
「気にするな、それの倍ある奴はネフリーに送っといた♪」
「貴方も諦めが悪いですね〜。」
「人妻だろうと、ネフリーが俺の大切な人であることに変わりない。妬くなよ。」
 今年も彼女は自分に送られてきたチョコを見ながら、困った顔をしているのだろうか…そう思うと自然と笑みが浮かぶ。
 けれど、ジェイドの視線に慌てて笑みを引っ込めた。
にやにやと見つめている瞳は、我が身に良からぬ事が起こることを予感させる。
「牢屋にいるんですから、お返しなんてしませんからね。」
 鼻歌まじりに階段を上がっていく、ノー天気な後ろ姿にそっと呟くと、あの時と同じ笑顔で振り返る。
「大切な人が側にいてくれるのに、お返しなんざいらないよ。」

 そんな事言われたら、二の句が繋げないって事、この男は絶対にわかっているんですよ。なのに、まんまとそれに乗ってしまう自分が情けないやら悔しいやら。

だから、この男は嫌いなんです。


〜fin



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