変るもの


『変わった、貴方は変わってしまった。』
 自分はそう何度もジェイドを罵ったけれど、ネビリム先生さえ蘇れば元の様になれるんだと思っていた自分は、変わっていなかったのだろうか?


 街の中を、椅子が飛んでいた。
もちろん、それは単体では無く人が乗っている。人々は皆気味悪がって遠巻きにそれを眺めていた。
 しかし、顔半分が隠れるほどに深く纏いを被った青年がふと立ち止まり、椅子の前に立ちはだかる。
「なんです、貴方?私を六神将の…。」
 ディストはそこまで言って纏から見えた薄い金髪に息を飲んだ。
そこから覗く蒼い目と顔立ちは、自分の幼なじみであり、現マルクト帝国皇帝ピオニーのものと一致した。ディストの紫の瞳が真ん丸に見開かれる。
「ピ、ピオニー!?へっいか!?」
 驚愕のディストに『よお』と片手を上げた軽い挨拶が返ってくる。まるで、時間が逆に戻っているような彼の態度に、ディストは眉を潜める。
「あなた、何やってんですか!?あの陰湿なロン毛メガネは一緒じゃないでしょうね?」
「いわゆる、お忍び。久しぶりだなぁ、サフィール。」
 にこにこと楽しそうに笑うピオニーに、ディストは再び絶句する。

 この幼なじみといると調子が狂う。だからこの男は苦手なのだ。

「六神将の…え〜と(ちりがみディスト)って呼ばれてんだよな?」
「それじゃ、(がみ)しか合ってないでしょう!死神ディストですよ。」
「薔薇じゃなくてもいいんだ?」
「〜〜〜〜!!!!!」
「冗談だ、冗談。ところでお前、この住所わかるか?」
 ピオニーが懐から差し出した紙を一瞥してから、ディストはピオニーの胸元に人差し指を押し当てる。
「自分の立場がわかってるんですか?此処で貴方を連れていけば立派に人質としての価値があるんですよ?」
「なんだ、偉そうなこと言ってるけど道がわからないんだろう?」
 にやりと笑われ、ディストは両手で頭を掻きむしった。
「キィィィ〜〜〜!!天才ディスト様が知らないはずないでしょう!貸しなさい!!」
「お、サンキュー。」
 紙を読みながらふよふよと飛んで行く椅子の後ろを、ピオニーは喜々としてついていった。

 ディストとピオニーが辿り着いたのは、街はずれの牧場。地平線まで続くかと思われるそこには無数のぶうさぎが放牧されていた。
「おお、可愛いなぁ、なっなっサフィール。」
 柵に手を掛けて歓喜の声を上げるピオニーに、サフィールは呆れた顔で笑う。
「相変わらず貴方も好きですね。小さい頃から飽きもせず…変りませんね。」
 ピオニーは、ははっと笑う。
「サフィールだって変らないじゃないか。」
「いいえ、私は…。」
 そこまで言って、サフィールは口を閉じた。ピオニーはそれに気付かず満足そうに目を細める。
「俺ひとりならわからなかったな。ありがとう、サフィール。」
「当たり前じゃないですか、私を誰だと思っているんですか?」
「鼻垂れサフィールだと思っていますよ。」
 椅子の上で仰け反ったディストに、間髪入れないツッコミが入る。
「性悪ジェイド!?」
 顔色を変えたディストとは対照的に、ジェイドは眉ひとつ動かさずに彼を見つめていた。
「陛下に何か悪さをしたんじゃないでしょうね。」
「きぃぃぃっ!言いがかりは止めてください!」
「お前等、久しぶりに会ったんだから、止めとけよ。」
 な?と二人の間で、ピオニーが笑う。
「陛下がそうおっしゃるのなら…。」
「私は用事があったんですよ。無駄な時間を過ごさせてくれて、覚えていなさいよ!」
 捨て台詞を吐いたディストに、ジェイドが嗤う。
「成る程、覚えておきますよ。いいんですね?」
 ひいっと身を竦めて、飛びさるディストを見ながらピオニーは苦笑いを浮かべた。

「俺の居場所がよくわかったなぁ。」
「あんな怪しいものの後を付いて行かれれば、すぐにわかりますよ。本当に何も?」
 ピオニーはクスリと笑う。
「ああ、友達の面倒を見てくれたよ。お陰で行きたかった所に行けた。」
「やれやれ、では要人誘拐の嫌疑はやめておきましょう。陛下も大人しくしていただかないとお仕置きしますよ。」
「サフィールも変わらないなぁ。」
 ピオニーは、ジェイドの言葉に肩を竦めながらそう呟いた。ジェイドは溜息を付く。
「あれが変わらないと思うのは、貴方くらいのものですよ。」


 年月が流れて何もかも変わって、本当に変わらない人って誰なんでしょうね。


〜fin



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