Between the nocte maneques 夜明けはもうそこまで来ていた。 マクルト軍の紋章が刻まれた荷台の中に詰め込まれているのは、殆どが譜業。平たく言えば、人殺しの道具だ。もっとも、今回はそれを人間に使用するわけではない。『村に害を為す魔物退治』が今回彼等に与えられた任。 まだ、ペーペーの兵士である彼等は、戦地では譜業避けの盾になる位が関の山。下手をすれば、他の部隊の足手まといになりかねない部隊。彼等に下される命などたかがしれている。 ただ、今回に限り名の知れた人物がそこに乗り込んでいた。 無造作に積まれた箱を囲むようにして、数名の兵士達が腰を下ろしている。 それぞれが、緊張の面持ちであらぬ方向を向いていたが、外に顔を向けて座っていた比較的体格の男が、低く唸った。 「おい、それ、とってくれよ。それだ。」 誰とはなしに自分の周りを見たが、ひとりだけ身動きしない者がいた。 荷物の影になって、身体の影しか見えない。 「おい、寝てんのか?あんただよ。」 「いや…ああ、これか?」 肩に掛かるかどうかという長さの黒髪、振り返ると褐色の肌にそこだけ色素が薄い水色の瞳をしている。整った顔がにやりと笑った。男の顔がギョッと強張る。 媚を売るように、頭を掻きながら何度も頭を下げる。 「すんません。副官殿でしたか。」 「ほれ、一応火気厳禁だぞ。」 赤く塗られたバケツが投げられる。少量の水が溜められたそこに吸殻が沈められていた。 「後少しだぞ、我慢できねぇのか?」 呆れた声で問われても、男は懐から取り出した煙草に火をつけるのに夢中で返事をすることもない。そこらへんの酸素を全部吸い込み兼ねないというほどに鼻を膨らませ、胸を仰け反らせると、白い煙を幸せそうに吐き出して、目を細めた。 「ああ?何でしたっけ。」 「もう…いい。」 「そうですかい。」 そんなやりとりに、周りの兵士もクスクスと笑う。「副官殿は、吸わないんですか?」 「煙草は成人の儀に止めた。」 「本当ですか?」 「…んな訳ねぇだろ。煙草吸うと息が続かなくなるから吸わねぇだけだ。訓練中に腕立て増やされんのは嫌だからな。」 その言葉に、幸せそうに煙草を吸っていた男が急に噎せた。覚えがあるその出来事に、兵士達の笑い声がますます大きくなった時、静かで威圧的な声が響いた。 「随分楽しそうですね。皆さん。」 その声に、兵士達が凍りつく。 このどうでもいいような部隊に似つかわしくない人物の声。『死霊使い』という二つ名を持った男。 こんな部隊の指揮をとるような人物ではないのだが、研究者としての肩書きも持つ彼が『魔物』に興味があり志願したという話だった。 本来は、正式に軍の傘下に入る事になった皇太子の隊に配属されるはずだったと噂されていた人物だ。初陣でありながらローテルロー橋の戦いで、キムラスカの将軍相手に一歩も引かなかったという武勇伝は皆の耳に新しかった。 「だいたい、どうして貴方がこっちで寝ているんですか?副官。早く来て下さい。」 「わりい、寝心地が良かったもんで。今行きます、司令官殿。」 青年は立ちあがると、じゃと皆に手を上げた。 「そういや、副官殿の名を伺ってないっすよ。」 慌てて煙草をバケツに押し込めていた男が、気付いたように言う。副官は、ん?と言い、そうだっけと重ねる。そして笑った。 「そりゃあ、お前、恥ずかしいからさ。」 そう副官は言い、声を潜めた。 「実はさ、俺もピオニーって言うんだよ。」 男は酷く同情の眼差しになって、副官の肩を軽く叩く。 「名前なんてやつは、自分じゃきめられねぇからな、心中察するぜ。あちらは、陸上装甲艦に着任で、肩書きは将軍だってぇのにねぇ。」 「不運は小さい頃から慣れっこだって、じゃあ、そういう事でひとつ。」 「わかった、わかった。不運なあんたの為に、立派に任務を果たしてみせまさぁ、なぁ皆。」 それと同時に、賛同の声が、荷台のあちこちから響いた。 「全く…。」 助手席に戻ってきた、ジェイドがそう呟くのが聞こえて、運転をしていた兵士がどうなさいましたかと尋ねる。 「何処にいても、あの男は人を纏めるのが上手いというか…。」 「副官殿の事でしょうか?随分と気さくな方ですね。 それでいて、気が利くというか…さすが司令官殿の副官をお勤めになる方です。」 「やれやれ、貴方もですか?」 眼鏡を軽く押し上げる仕草を見せながら、苦笑いをする司令官に兵士は慌てて失礼しました。と返事返した。 content/ next |