どちらの愛をご所望ですか?(ver.ジェイド)


「良い子で待っていてくれて嬉しいですよ。」
 何事も無かった様に涼しい顔で出てきたジェイドに、廊下に座り込んでいたガイが顔を上げた。手元には、各地から追加されてきた資料を持っている。
「おや?洟垂れがいませんね。」
「とっくに逃げました。…てか、陛下は…?」
「お休み中です。」
 にっこりと笑う綺麗な顔にガイは愛想笑いを返すしかない。
「なので資料整理は私が代行しましょう。貴方も仮眠をとってはいかがですか?…どうしました、ガイ?」
「いや…その…。」
 ガイは薄く笑みを浮かべながら、服の埃を叩きながら立ち上がった。
「待っているのは、辛いな…なんてね。出来れば陛下と話しがしたかったんだけど。」
 各地に起こった第七音譜帯の異変資料。ルークを思い出させるのには充分な材料だったかもしれません。と、ジェイドは目の前の青年を見つめた。
 様々な資料を解析した結果、自分もルークに関してはある結論に達していたが、今ガイに告げるつもりは無い。いずれ本当の結末が彼の前に突きつけられるのだから。
「アクゼリュウスの崩落の時に、陛下だけは旦那の生存を信じていたって聞いた。俺もそのつもりだけど、時々とふっ…と揺れる時がある。」
 信じていると口には出来るのにと、寂しげに笑う青年を扱う事は不得手だとジェイドは感じた。ピオニーならば上手く慰める事も出来たでしょうが。
「あの時は、私ひとりで先にグランコクマに向かいましたから、再会の場面は知りませんでしたね。」
「感動的だったか?」
「ご期待に添えず残念ですが、ごく普通でしたよ。」
 ジェイドはそう告げて眼鏡を指で上げる仕草をしてみせた。

 自分の帰還に大騒ぎをする周囲の人間を尻目に、ピオニーは自分の顔を見て、へらりと笑った。
「戻ったか。随分と遅かったな。」
 ちょっとだけ帰りが遅れた子供に告げるような口調だった。
「はい、申し訳ありません。」
「報告を待っていた、順次説明してくれ。」
 挨拶と言えばこれだけで、無駄な時間を一切省いたやりとりは、諸問題の対処に滞りを見せなかった。
 こんな淡泊なのかと、ルーク達を迎えに行かせる為に話をしたアスラン少将に言われたくらいだ。

 話を聞いたガイが驚いた表情を浮かべる。
「もっと、あれかと…なんたって『俺のジェイド』だったし…。」
 その返答には、ジェイドはポケットに腕を突っ込んだまま肩を竦めてみせた。
「そんなものですから。貴方も焦らず、気負わず、思うところをすればいいと思いますよ。私に言えるのは、それだけですね。」
「旦那に慰められるなんて、それこそな感じだけど…礼は言わせてもらうよ。」
「いえいえ、仕事は山積みですので能率を落として頂いても困りますから。」
 うへっと変わる表情とともにガイも仮眠室へと向かった。それを見送って、ジェイドは再び皇帝の私室へ戻る。
 無理をさせたせいか、疲れが溜まっていたのか、皇帝は猫の様にシーツを抱き込んで身じろぎもせずに眠っていた。ぶうさぎ達も丸くなって眠っている。

『なんにしても、強い信頼関係をお持ちなのですね』
 
 そう告げたフリングス少将の言葉で括られた一連の話を思い出してジェイドは何故か苦笑してしまった。
   アクゼリュウスの崩落後。
 マルクト皇帝ピオニー9世陛下は、一通りの状況説明を聞いた後、議会にこう告げた。
「ジェイド・カーティス大佐は必ず帰還する。憶測でいくら推察しても本質を知ることは出来ない。キムラスカの動きは牽制しつつも今後は、概要だけ整えてこの件は保留としておく。」
 フリングス少将の言葉を借りるとするのなら、『しれっと』そう言ったらしい。途端に上がる抗議の声には、全部耳を傾けて「意見は良くわかった善処する。」と言い丸め込んだ。狡猾と誠意を使い分ける頭の良さをこの男は持っていた。
 フリングス少将の言う通り、自分と皇帝の間に信頼関係は築かれている。
 だがこの場合は、自分の行方不明を理由に議会の声を封じていた事実を誰が知り得た?キムラスカが王女達の死を開戦の切欠にしようとした様に、彼は自分を利用した。そしてそのことに気付いたのは、恐らく自分だけだろう。
 最もその後の閨での様子は別だったのは、誰にも話すつもりは無いけれど。

『自分と貴方の関係は、お互いを信頼という名で利用する共犯者に近いものなのかもしれなれませんね。』

 ふいにそんな事を思い、それをこの男に問いかけてみたくて報告書を手に持ちながら、眠る皇帝のベッドに腰を降ろした。文字を追いながら、時折その顔を見つめる。しかしピオニーは一向に目覚める様子はなかった。
 引き寄せられるように指は柔らかな金髪を求め、睫毛を濡らす涙に口付けを落としていた。

一体私は何に惹かれているのでしょうか?
貴方という人間は一人なのに、相反するような二つの思いを抱かせる。
 傍若無人な貴方を屈服させたいと願う気持ちと確かに感じる忠誠心と…。

偉大なる皇帝陛下。

 貴方に対する恋情と敬愛と
  どちらの愛をご所望ですか?




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