素直になれない人。素直すぎる人。素直になろうとしない人。


 朝日が眩しかった。
ああ、仕事をしていて眠ってしまいましたか…。そう思いながら机の上に投げだされた腕から顔を上げると、朝日よりも眩しいものが目の前にいた。
 陽光を背中に、笑みを浮かべる皇帝。薄い金髪が眩しいほどに輝く。あまりの光に、ジェイドは開けかけた瞳を細めた。
 手を伸ばしたいと思いそれは止める。
しかし、反対になんの戸惑いもなく伸ばされる手が頬に当たった。重ねられた指先は自分のそれよりも遥かに温かい。

「出掛けようぜ。ジェイド。」

  「どちらへですか?」
「ほら、ガイラルディアが言ってただろ?101匹ぶうさぎ大行進。」
 にっこりと笑う皇帝陛下。呆れ顔の死霊使い。
「やってみたいと?」
「そういう事。お前がいなきゃ駄目だろ?」
99匹のレプリカもどきジェイド+1匹可愛いジェイド+1人可愛くないジェイド=101匹(!?)
「私はぶうさぎではないのですがね。」
そう口にして 『おまけにこれは何ですか?』とジェイドは刺すような視線を向ける。
「私だって無理矢理連れてこられたんですよー!!!!」
 腕をしっかりと掴まれたディストが、ピオニーの横で喚いている。
「責任者は見届けるべきだと思うわけだよ。」
 実に楽しげにピオニーは笑い、ディストの腕にしがみ付く。ぎゃーっと叫ぶ下僕を見るジェイドの目は凍りつきそうな程冷たい。
「わかりました。罪人と陛下が行かれるのに、軍人が付き添わないわけにはいきません。それに、乖離は建物内よりは外がいいでしょう。」
 ジェイドの答えを知っていたかのように満足そうな笑みがピオニーの顔に浮かぶ。
「さ、大佐の許可も出たし、行くぞサフィール。」
「私は行くなんて言ってませんよ!!離しなさい!!!」

 外には、両手でオリジナルジェイドを抱えたガイが、羊飼いの少年のようにぶうさぎの波中に佇んでいた。その顔には疲労の色が濃く浮き出ている。夜間のぶうさぎの面倒は全て彼がみることになっていた。
「御苦労さまですね〜ガイ。」
 にっこりと笑われ、ガイは苦笑いを返すしかない。
「待たせたな。さぁ行くぞ。」
「いいんですか、陛下。こんな勝手に。」
 ぶうさぎの中心で幸せそうに歩き始めたピオニーに、ガイが問いかける。
「世界を救った死霊使いと貴族がついてて、文句を言う奴はいないだろう?」
 ピオニーの返事にガイはもう何も言わずに後に従った。
しかし、ジェイドは眼鏡を指で押し上げながら思う。
『そんな事より、行ったら皇帝陛下の姿が私室にない事の方がそもそも騒ぎの元ではないでしょうか?』  それでも黙ってついて行ってしまうのは、この男にかなり毒されているのかもしれませんね。溜息と共にジェイドの口からそんな言葉が漏れた。


 街を抜けて、森に向かう道を行進するぶうさぎの群れは圧巻だった。
幸せという言葉を、素直に全身から発散させているピオニーの後をジェイドが、そしてディストとガイが続く。
「陛下、楽しそうですね。」
「あの男はいつだってそうでしたよ。いっつもひとりで楽しそうで、脳天気で。馬鹿みたいに強引で、ジェイドも丸め込んで…大嫌いです。」
 いつだって?ガイはディストの言葉尻に笑った。
「それって、結局小さな頃から陛下をずっと見ていたと言っているようなものなんだけど…。あんた、ホントに素直じゃないな。」
 ガイの言葉に真っ赤になったディストが叫び出そうとした時、ピオニーが何かに気付き足を止める。先頭のぶうさぎもひくりと動きを止め、それは序々に群れに広がっていく。
「そろそろか?。」
「ええ…。」
 四人の周囲にいるぶうさぎ達から光が漏れ始めた。
「音素が、形状を保てなくなってきたようですね。」
 ジェイドが呟く。
「ほら。」
 ふいにピオニーが手を差し出した。ジェイドは彼の真意を測りかね眉を顰める。
「怖いなら手を繋いでやる。」
「何を馬鹿な事。」
 そう返したジェイドに、ふふんとピオニーは笑った。

 一瞬の間を置いて、光はまるで爆発でもするかと思うほどに輝きを増す。辺り一面が白に包まれ、そのほぼ中心にいたピオニーは圧倒されたのか身体を揺らした。
 視界を遮られたが、ジェイドは背中越しにピオニーを両手で支えて、知らずに腕に力を込めた。

 思いもよらずに、レムの塔が、エルドラントの最後が甦る。

 恐怖ではない。だか、心地よいと呼べるものでもなかった。強いて言うなら後悔に近い複雑な感情という代物だ。こんなものが自分にもあったのだと感じる。
 そしてジェイドは苦く笑った。

こうなることがわかっていたのですね。共にその場に立っていたわけではないのに。

 『それでこそ』と胸に湧く想い。自分がどれほどの敬愛をこの皇帝に対して抱いていると、一体誰が知り得るのだろうか。
 決して表に出すことなど無く、他人に知らしめようとも思わない感情。
「綺麗だな…。」
 ふいに、ピオニーが呟くのが聞こえた。
「空から生まれて、空へ帰る…俺もそう願いたいものだ。」
 腕の中の存在をかき抱きたいほどの感情が自分に生まれる。
 今、自分がどんな表情なのか想像もつかない。もしかすると『大切だ』と一目でわかるものなのかもしれない。けれど、それもまた視界が効かないこの一瞬だけだ。
この光が全て音譜帯に戻った時には、自分もまた普段の自分に戻るのだろう。
  
 
 音素が消え去った空。
 風景はいつもと同じもの。呆けた顔の下僕もガイも変わらない。
 『終わったな』とそう言って笑う皇帝に、オリジナル『ジェイド』に異常が見られない事を観察してから、にんまりと口角を上げて、可愛くないジェイドは答えた。
「こんな急激な剥離は第七音譜帯に影響がなければいいんですがねぇ。」
 ピオニーの顔が歪んだのを見て、ジェイドはいつものように揶揄する笑みを浮かべた。


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