本当は大切なんです


 城内を席巻していく悲鳴と物音は、ほどなく皇帝の私室にも響いた。
「やけに騒がしいですね。」
 ジェイドは扉を開け、ゾロゾロと行進しているぶうさぎの群を見つめて、黙って扉を閉める。
「どうしたんだ?」
 奥から、襟元の乱れを整えながら近付いてきたピオニーがそう問いかける。ジェイドは縺れた金髪を手櫛で揃えてから、再度扉を開けた。
 廊下を見たピオニーは息を飲み、そして叫んだ。
「ジェイド!?」
「はい。」「「「「「「「「ぶひ。」」」」」」」」
 人間とその他の家畜が返事をする。
「おや、名前に反応がありますね。レプリカなのにこれは珍しい。解剖してみますか?」
 ジェイドは無造作にぶうさぎを一匹抱き上げる。恐怖を感じて、腕のなかでジタバタと暴れるぶうさぎをピオニーは自分の腕に引き取った。
「レプリカだって?」
 目を丸くして、それを見つめるピオニーに、ジェイドは、ドス黒いオーラを背に纏いにっこりと嗤って見せた。
「あの二人がしくじったに違いありませんね。」


 何とか、止まった。
 周り中にぶひぶひという鳴き声が溢れているけれど、これ以上は増えることは無い。ひとまず安心だ。きっとそうに違いない。
「なわけないでしょ!!!!!」
 隣でディストが叫ぶ。既に恐怖で鼻水涙が溢れそうになっている彼を、ガイは責める気にはなれなかった。こうやっていつも、この哀れな男は貧乏くじを引いて生きてきたのだろう。
「何匹くらいいるんだろうなぁ〜。」
「カウント数は99を示してますよ。」
「じゃあ、オリジナルと可愛くない旦那を合わせて101匹ぶうさぎ大行進だな。ははは。」
 乾いた笑いと冷や汗を浮かべてガイは言う。おやおやと地獄から声がした。
「呑気でいいですね。」
 いつの間に背後を取られていたのか、黒い笑みを浮かべたジェイドが立っていた。その後ろには、『うわ〜可愛いい』を連呼する皇帝陛下が付いてきている。時折一匹抱き上げては、頬ずりをしていた。
「へ、陛下は楽しそうですよ。」
「ええ、私も臍で茶が湧かせそうなほど楽しいですよ。何をしていたか…と聞いているんですよ?」
「男の…ロマン?」
 ガイの言葉に、可愛くない旦那の笑みが深くなる。「ガ〜イ〜?」
 これ以上刺激してはいけない。自分の後ろでガタガタと超振動を起こしそうな程震えているディストを踏まえて、ガイは引きつった愛想笑いを返した。


「やはり思った通りですね。」
 データを全て眺めてから、ジェイドは顔を上げた。
 周りには、ぶうさぎで垣根、手前には先程まで散々こき使われていたガイとディストが疲労の為に座り込んでいた。
 城内は『気にするな』という皇帝陛下の勅命で、一応の平安を保ち、ディストの研究室でこの件の対策をとっている最中だった。何が?と言う表情で自分を見たピオニーに、ジェイドは結論を述べていく。
「音素は全くと言っていいほど結合されていません。分解というまでもなくぶうさぎ達は明日にでも消滅します。彼等は、オリジナルを音素の幕に写しているようものです。名前を覚えていたのはそのせいですね。」
「『ジェイド』って…?」
 ピオニーがそう言うと、ブウサギ達は一斉にぶひぶひ声を上げた。ジェイドが眉間に皺を寄せる。
「…名前を呼ばないでいただけますか?」
「気にするなお前は可愛くないジェイドだ。」
 しかし、『ジェイド』の響きに、可愛いジェイドがまた騒ぐ。可愛くないジェイドの眉間の皺が増えた。笑いが漏れそうになり、ガイは慌てて口を塞ぐ。
「ま、完璧なレプリカでしたら相当に困った事でしたから、この馬鹿機関の性能が低くて良かったです。」
 ディストがきーっとシマリスのように叫ぶのを聞きなから、ピオニーはクスリと笑った。
「でも、こいつも助かったし、こんな可愛いものが見れたし、俺は大満足だけどな。」
 ピオニーは、目の前で眠っている包帯だらけのぶうさぎにそっと触れた。手術は成功し、可愛いジェイドは一命をとりとめている。
「レプリカを無理矢理消す事もなくなったし…本当に良かった…。」
 心底安堵した様子の皇帝に、三人は彼の心遣いを感じた。レプリカの消滅などと言う結末は思いだしたくもない事象を記憶に蘇らせてしまう。
「サフィールのお陰だな。」
 ピオニーの手が座り込んでいるディストの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「止めなさい!私は貴方の事なんて…!」
「なんで?俺はサフィールが好きだぞ。」
 柔らかな笑みを浮かべるピオニーに、ディストは一瞬頬を染めた。そして、ぶるぶると左右に首を振る。
「何を言っているんですか!貴方はいつもそうやって私を巻き込んで酷い目に…。」
 そこまで喚いたディストの口が、ジェイドの拳によって強制的に閉じられる。
「相手はあれでも皇帝陛下です。慎みなさい。」
「こら、死霊使い。あれとは何だあれとは。」
 呆れた顔で自分を見据えるピオニーに、ジェイドはにっこりと微笑んだ。
「こんな鼻水相手に『好き』などと言う方にどういう言葉を使えと?」
「妬くなよジェイド。俺はお前も好きだぜ。」
「生憎と私は分け与えられる愛になど、興味はありませんから。その鼻水垂れにくれてやってください。」
「ヨシ!じゃあ、盛大にくれてやる。」
 ディストに抱きつこうとしたピオニーの腕をジェイドが引き剥がす。にっこり笑いその腕を引いて、扉に向かって歩き出した。
「さあ、執務に戻りましょう。」
「あ、ひでぇ〜〜!!」
 扉の向こうに消えた二人に、顔を真っ赤にしたディストが叫ぶ。
「もう、こんな騒ぎはたくさんですからね!!!!」
 横で見ていたガイは、彼の様子が自分達と敵対していた頃と全く変わっているのに気付き笑う。ディストもその視線にむっとしながらもこう呟いた。
「あぁそうですよ。…‥本当は大切なんです。」

 こんなくだらない毎日が、何よりも大事。

 ディストの言葉に、ガイは小さく頷く。
「これからも、遊びに来ていいだろ?陛下には許可をとるからさ。」
 そう問うと、ふんと鼻を鳴らした。
「貴方なんかに私のデラックスな音機関がわかるものですか。」
 来るなと言わないその返事は、ガイに素直ではなかった主を思い出させた。


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