貴方にだけは負けません これは、小説『デ・ジャ・ヴ』の続きです。でも、ほのぼのです。(笑 「ジェイド。待ってたぞ。」 ベッドに座り込み頭から毛布を被った皇帝陛下が、ジェイドを上目使いに睨んだ。 「火急の御用とはなんですか?まさか、こんな夜更けに構えなどという戯言を言うつもりではありませんよね?」 ジェイドがそう告げると、ピオニーは無言で右手に持っていた紙をジェイドの眼前に突き出す。 「おや、何処にあったんですか?」 「お前の執務室のゴミ箱。」 あのなぁと皇帝がぼやくのを、ジェイドは微笑みで受け止めた。「何か?」 「これって、サフィールの事だろう?俺は一応身元引受人なんだから知らない顔なんて出来ないだろうが……あいつは何をやってんだ?」 「さあ。一応、朝には牢屋に帰ってるみたいですから、明朝にでもお会いになりますか?」 「………今から行く。」 毛布を肩に掛けるとすくっと立ち上がり、すたすたと歩き出す。 「牢屋の前でサフィールが帰ってくるのを待つ。お前もつき合え。」 「私は繊細なので、あんな所で夜明かしする神経は持ち合わせていませんよ。年寄りは腰に来ますし。」 「そんな言い訳、ガイラルディアには効いても俺には効かないぞ。」 同い年のくせにと続く言葉尻にジェイドは苦笑した。 「お帰り〜。」 牢屋の入口でディストが固まった。 自分の入るべきそこに、マルクト皇帝と金の貴公子がしゃがみ込んでいる。 「ちょっと、お話を伺いに来たんですよ、尻も痛いし、早くこっちへ来ていただけませんかね。」 表情は笑顔だが背負うオーラは殺気をはらむ。は、はいと座るディストは正座。四つん這いになった国王陛下が、ディストの顔を覗き込んだ。 「なぁ、サフィール。なんでシェリダンなんかに行ってるんだ?」 「あ、貴方に関係ないでしょ。」 ぷいと横を向く頬が微かに赤くて、ジェイドは『陛下に関係があるようですね』と言い、溜息を付いた。ピオニーはきょとんとした顔で、目の前の男を眺める。 「ち、違いますよ!私は…!!」 「サフィール?」 「だから、違うって…!。」 抗議しようと身を乗り出したディスト胸元から、掌に乗るほどの音機関が転がり落ちる。ピオニーはそれを手に取り、ジェイドに翳してみせた。 「ほう、オルゴールですか。成程シェリダンでなければなりませんね。」 ジェイドの言葉に、ディストの顔は、ナタリアの一番嫌いな食材に劣らないほど真っ赤に変化した。 「どういう事だ?」再度のピオニーの問いかけに、ディストはキーッと叫ぶ。 「鈍いですね!貴方は!!この間のチョコのお返しにあげようと思ってたんですよ!!!」 「へ?」 大きく目を見開いたピオニーの顔が、満面の笑顔に変わる。 「お返しなんかしないって言ってたじゃないか、どうしたんだ?」 「ジェイドが返して、私が返さないのも、私の負けみたいで嫌だったんですよ!」 今にも抱きつきそうなピオニーを牽制して、ディストが怒鳴る。うっかり、皇帝に抱きつかれてしまうと、横に並んで見ているジェイドの視線が恐ろしい。 「そっか、そっか。で、どうするものなんだ?。」 「ここの軸をまわすと、中の円盤が回るようになっているんですよ。もっと大きなものをシェリダンで見たことがあります。」 ジェイドの手解きのまま小さな取っ手をまわすと、金属が触れ合って生まれる調べ。懐かしいケテルブルグで聞いた童謡だった。 「おお、すげえ。ありがとうサフィール。」 満面の笑顔を見てしまったせいか、照れ隠しも手伝ってディストはうっかりと調子にのってしまう。ふふふ…と含み笑いをしてから、得意そうに大きく仰け反って、ジェイドを見上げた。 「貴方にだけは負けません。これ以上のものが、貴方には送れるというのですか?私の勝ちですね。」 びしっと指をさされ、ジェイドは眼鏡をゆっくりと指で押し上げた。 にやりと嗤う。 「ディスト…ホワイトデーは三倍返しが常識ですよ。」 その言葉にピオニーの顔から血の気が引いた。 「待て、ジェイド?ちょっ…お前何を…俺の話を聞け!!!」 「では、私は仕事がありますので。陛下当日をお楽しみに。」 恐ろしいほど爽やかな笑顔を残して牢屋を出ていく死霊使いを見送って、ピオニーとディストは固まった。踏んでしまったのだ。アンチフォンスロット並みの地雷を。 ゆっくりとディストに向けられたピオニーの顔は、蒼白で目尻に涙が溜まっている。 「サフィール…。」 「…ご、ごめんピオニー…。」 まるで、幼い頃のような表情でディストが謝ると、ううっと唸る皇帝陛下も、幼少時代そのままだ。そして、だだっこパンチと共に繰り出される一言。 「責任とれ!!!!!!」 content/ next |