証明してみせる


※このシリーズは、模造雪国幼馴染みの続きで幼少時代は、ぴが皇太子であることを皆知りません。(捏造)


 授業が終わった教室で、最後までめそめそ泣いているのはサフィールだった。
理由は、たったひとつだけ。
『ジェイド』に認めて貰えなかったから。
 
 それは、実験の結果だったり、頼まれた事が出来ていなかったりと細かな事を言えばきりがない。ジェイドは完璧にそれを仕上げることを望んでいたから、きっと最初からサフィールには無理なんだ。
 なのに、その度に冷たくされても、サフィールは自分を責める。
 そして、ジェイドが褒められたり認められたりしたら、自分の事のように喜ぶ。まわりの人間は、そんなサフィールを変だと言ってた。

 でも、自分はこういう人間をよく知っている。ピオニーは、教室の隅にいる少年を眺めながらそう思う。
 高位の人間というのは得てしてそうだった。
 自分よりも能力のある人間を信望して、個人としての考えを放棄するかわりに安心感と優越感を得る…という奴だ。代償効果…とか言った気がする。
 自分に自信がなかったり、考えることが辛かったりする人間がそんな風になっていくんだと、そう教わった。


「サフィール…。」
 ピオニーは外套がわりのストールを肩に掛けながら、少年に話し掛けた。
「何…。」
 ぶすっくれた声が返ってくる。これがジェイドなら、紫の瞳をキラキラさせて子犬みたいに飛びついてくるのになぁと思うと可笑しい。
「今日は何なの?」
「ピオニーに言ったってわかんないよ。」
 専門的な事なんだからとぶっきらぼうに答える。盛大に涙と鼻水にまみれて威張られても、ちっとも怖くないし、寧ろ可愛いと感じる。えぐえぐと、涙はなかなか止まらないから、言葉も時々聞き取りづらい。
「でも、今やってることだろ?やりながらだったら、僕にもわかると思うんだ。」
「わかんないよ!」
 他の人間には絶対しない強い口調でそう言うと、袖で涙と鼻水を拭きながら工具を手にした。
 サフィールは音機関を作ったり、考えたりする事がとても上手だった。大人だってこうはいなかいだろうなってものを平気で作ったりする。
それがジェイドにとって、ただ便利な事だなんて、側で見ているとまるわかりなのに、こいつは気付かないんだよなぁ。

「…で、これは何?」
 隣にしゃがみ込んで、笑いながら話し掛けると『測定器』と答えた。
ああ、やっぱり、ジェイドの為のもの。
 暫く話をしながら、組み上げるのを眺めていると、他人に説明している分理解が早いようで、欠損部分に直ぐ気が付いたようだった。見る間にそれは、一個の機械として作動していく。

「やっぱりサフィールは凄いな。」
 そう言って褒めても、サフィールは絶対喜んだりしない。寧ろ馬鹿にしたようにこっちを見るんだ。
「凄いのはジェイドだよ。」
 なんでわからないのかとばかりに、サフィールは喰ってかかる。
「でも、作ったのはサフィールだろ?」
「違うよ!ジェイドの理論が正しいから、僕は作る事が出来るんだ。そんなことしか言わないピオニーなんか大嫌いだ!」
 そう言うと、サフィールは工具を鞄の中に片付けると、勢い良く立ち上がる。そして、扉の前で盛大にこけてから走り去った。
 あれをジェイドのところへ持っていくのだろう。
 冷たく礼を言うだけのジェイドを思い浮かべて、ピオニーはクスリと笑った。



 そう言えば、教室に最後まで残ってるのっていっつも自分だったっけと思い出し、ピオニーはくくっと笑う。それは、ネビリム先生が亡くなるまでは変わらなかった。
「人の顔を見ながら、何にやにやしてるんですか。気色悪い。」
 ディストは、工具を握っていた手を止めて、部屋の隅にこんもり積まれた本の中に埋もれている皇帝陛下を睨んだ。
 マルクトの若き皇帝は壁に背中をもたれさせ、片手を積まれた本の上に置き、くつろいだ様子で本を読んでいる。
「いつの間にか、そんなもの持ち込んで…何考えてるんですか!?貴方は!!」
「そりゃあ、まぁ…色んな事。」
 ピオニーがそう答えて笑うと、キーッという言葉が返ってくる。
だいだい、皇帝が囚人の研究室に入り浸るなんて、言語道断前例無しの…と延々続く口上を効果音に、ピオニーは持ち込んだ本の頁を捲る。
「陰険眼鏡はどうしたんです?」
「いるよ。なんなら呼んで来ようか?」
 その返事には、大きく首を横に振る。『ジェイドに嫌味を言われ、小突かれながら作業を進めるくらいなら、黙って見ている分ピオニーの方がまだマシだ。
 ジェイドには出来上がったものを見せてぎゃふん(←おい)と言わせてやるのです!。』と息巻くのを、ピオニーは楽しそうに眺めていた。

「相変わらず器用だなぁ、サフィールは…。」
 こちらを見もしないのに、ピオニーはそう声を掛ける。規則正しい器具の音で判断出来るらしいと気付いたのは、さっきの事だ。
「当然です。私を誰だと思っているんですか?」
 ふんと鼻を鳴らすと皇帝はけらけらと笑う。「…で?何作ってるんだ?」
 
 遠い日と同じ台詞を幼馴染みの口から聞いて、ディストは一瞬手を止めた。
「あなたなんかに説明してもわかりませんよ。」
そう嘯く。言葉は同じだけれど、思っている事は今は違う。彼が、本当に一個人として自分を見てくれていることを知っているのだから…。

「証明してみせますよ…。」
その後にディストは小さく呟いた。ん?と幼なじみが顔を上げる。

『やっぱりサフィールは凄いな。』

この馬鹿で大嫌いな皇帝に、幼い頃の貴方の言葉は正しかったのだと。


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