死ぬ意味と生きる意味 (ED後捏造です。) こうしていると、ジェイドと雰囲気が似ているかもしれない…。 ルークは、隣に腰掛け靜に外を眺めているピオニーを見つめてそう思った。 アニスやティア勿論ガイもだが、アルビオールに乗る度に、窓を覗き込みながらはしゃいでいた。ナタリアは、仲間に入りたいらしかったが、どうも育ちの良さが出てしまいつい大人しく座っていてしまう。ジェイドだけは、本を読みながらやれやれと溜息混じりで視線を送ってきていた。 記憶の中のジェイド・カーティスという男は常に沈着冷静で、手厳しいほどの判断力を持って場を制した。 苦手…と言えばそうだろう。記憶はそう一致している。バラバラの記憶は時としてルークに混乱をもたらすが、根本的に印象が一緒という人間も珍しい。ある意味、人を分け隔てなく平等に扱っていると言えない事もない。 そう考えるとこの皇帝への思いも似ていた。流石に親友というところだろうか。 「陛下、あの…。」 「フランツ。」 躊躇いがちにかけた呼びかけは、思ってもいなかった言葉によって返された。 え?とルークは瞠目する。窓に手をやり頬杖をついていたピオニーがにこりと笑った。眼鏡の奥の瞳が、楽しそうに細められる。 「旅の間はそう呼んでくれ。何、偽の通行証やらなにやら手配済みだ。」 「はぁ…。」 しかし、この皇帝が此処まで破天荒だとは記憶してないぞとルークは溜息をつく。さっきから目的を伺おうと何度か声を掛けるものの、その度にはぐらかされていた。 「あの…このままだと、バチカルに着いちゃいますけど…。」 それでも、自分の気持ちを叱咤激励して話し掛ける。アルビオールに乗り込んで来たという事は、やっぱり何処か行きたい場所があってのことではないだろうか? それは、きっと皇帝という立場を持ってしても、普段なら許されず立ち入る事など出来ない場所で、まぁそれが闘技場ならばそれは、それで納得は出来たけれど。 「バチカル…か。」 一瞬だけ蒼い瞳を彷徨わせてから、笑う。 「ま、いいんじゃないか?」 ……………目的は、無いのでしょうか、皇帝陛下。 「うんうん、バチカルなぁ。」 何やら楽しそうに鼻歌まで歌い出した男の横顔を眺めて、ルークは完全に途方にくれた。以前にも逢っていたのに、再会を果たしてこんな風に思える人間とあったのは初めてだった。 まるで、そう、本当に初めて出会ったように感じさせる。記憶との違いを見つける事は出来ないと、確かに思っていたのにも係わらず。 ノエルにだけは事情を説明し、目を真ん丸にしている彼女に他言無用(何処まで効果があるのかわかったもんじゃないが)を頼んで、バチカルに入る。 ルーク自身も、この国を救った英雄として人目を集める方なのだが、陛下の…いやフランツの容姿も異常に人目を引いた。 この国を出て、マルクトに赴く者も少なければ、皇帝に謁見出来る人間などほんの僅かな者だろう。今、自分の目の前にいる人間がマルクトの皇帝だと思うものなど誰ひとりいなかっただろうに、街を歩く人々は皆一様に彼を凝視した。 すらりと長身で均整のとれた体格とその美貌は、それだけで目を惹くというのに、この男は職業病なのか、愛想の良さまで抜群だった。若いお嬢さんに見つめられれば、にこりと微笑む事など朝飯前。男性に対しても嫌味のない笑顔を振りまくものだから、あっという間に街の有名人。 わざわざ見物人が来る始末に、ルークは本気で頭を抱えた。万が一があれば、国交は断絶。自らはジェイドに残り少ない音素を使用した譜術を喰らわされるだろうか、それとも、ディストの作った音機関の的になってしまうのだろうか。 親友の手に掛かるのだけは、嫌だと一見冷静に見守っているルークの中で葛藤が行われていた。 しかし、肝腎のピオニーは呑気なもので、手ずから渡された飲物などを平気で飲み食べている。皇帝とは思えないこの手慣れた様子は一体どういう事なのか。 微妙に庶民…入ってるよな。 「お前さん、マルクトの軍服を着ていなさるが、あっちの方かね。」 家の前置かれた長椅子に腰掛けた老人達が、チェスの合間に声を掛けてきた。 家業を子供達に譲り、彼等はこうして老後を過ごしている。 ルークも時々声が掛けられるのだが、まだまだ若輩者であるルークにとっては、少し苦手な相手だ。しかし、ピオニーは、軍人にはそれこそ不似合いな愛想の良い笑顔で答え、チェス盤を眺める。 「ああ、あっちに所属してる。軍服で目障りだろうが、勘弁してくれ。」 「いやいや、平和の種はまだ熟してはおらぬようだよ。」 白く長い顎髭をゆっくりと撫でつけた老人が、顔に笑顔に皺を刻んでそう答える。にこりとフランツも笑った。 「それは助かるな。」 そうして、顎に手を当てて二人の老人が打っている手を暫く眺めていたが、明らかに劣勢な方の駒を手に取った。良いかと、その老人の顔を見えれば、頷きが返ってくる。 「やりなさるかね?」 「少々ね。これでも、生かさず殺さずがモットーで。」 ニヤリと嗤う顔がルークの知る統治者の顔だったが、結局勝負は老人の勝ちとなった。てっきり勝つものだと思っていたルークは、少々拍子抜けの感が否めない。負ける勝負を自ら行うことの意味など、ルークには理解出来ないのだ。 しかし、勝った方の老人は、くくと咽を鳴らし自分が勝ち取ったキングの駒をピオニーへ投げて寄越した。それを危なげなく受け取り、ピオニーはにこりと笑う。 「年寄りに花を持たせてくれるとは、粋な計らいをして下さる。」 えっと顔を上げたルークに、ピオニーは弧を描く眉を僅かに潜めて苦く笑う。 それと同時に悪戯が見つかった子供のように、肩を竦めて見せた。 どうやら本当の事らしいと知って、ルークは瞠目する。 確かに、それは拙いじゃあないのかと思う手もあったが、総じた流れは普通で、特別に奇妙な事をしていたようには思えなかった。打つ手を間違えたから負けた。ただ、そのようにルークには見えていたのだ。 ピオニーは盤の上にそっとキングを戻す。ふっと溜息を付いた。 「気付かれるようでは、俺も修行が足らないな。」 「貴公は儂等の半分も生きてはいなさらないでしょう? 足らないと言えば足りますまいが、足りた頃には、儂等は皆、屍ですからなぁ。」 そう告げ腹を抱えて豪快に笑う。周囲を取り巻いていた老人達も笑った。敵わないなぁと首を傾ければ、髪についた碧い髪飾りが光を集めて揺れる。 「キムラスカ人の層の厚みをとくと拝見した。流石にキムラスカ・ランバルディア公が納めていらっしゃるお膝元。貴公らは命ある限りは、平和は約束されたようなものだ。長生きしてくれ。」 丁重に会釈をして脚を踏み出す。ピオニーが歩き出した事に気付いて、ルークは慌てて後を追う為に踵を返す。そして、老人のひとりに呼び止められた。 見ると先程ピオニーと対戦した相手だ。煙草を手に、瞳を細めてルークの顔を眺めていた。 「どなただね。ファブレ子爵殿。」 「あ、フランツですか?えと、フランツは、その。」 老人達の瞳は、ピオニーの背中を見据えていた。上手い言い逃れが見つからず、ルークは視線を彷徨わせる。 本当の事を言う訳にはいかないが、どんな嘘がこの場に相応しいのだろうか。ごくりとルークが唾を飲む仕草に、しかし老人は表情を和らげた。 「背格好は、噂に聞く『死霊使い』に似ていらっしゃるようですが、どうにも印象が違う。まぁ、子爵殿がお困りのようですから、無理にとは聞きますまい。」 そうして、ルークの掌にピオニーが置いたキングを握らせて、上下から包み込むように、両の手で覆った。 ルークの手に老人特有の固い皮膚が押し付けられる。 「儂の打つ手を誘い、負けてみせる。そんな事細かな芸当が出来る人間だ。 ただ者ではない事はようわかります。どうか、キムラスカ公国の名に掛けて失礼のないようお願い致しますよ。」 くゆりと煙草をくねらす老人に、釘を刺されルークの心臓は跳ね上がった。 「…それは、やっぱり難しい事なんでしょうか?」 恐る恐ると言った様子で聞き返したルークに、老人達はまた笑った。 「難しいも何も凡人には出来かねる。」 凡人であろうはずもない。彼は(預言を廃し二国間の和平を成功させた)皇帝だ。 ついでに、そしてルークが一番尊敬する部分を言うならば、死霊を手足の如く使う事が出来るという奇跡を可能としている。 「おおい!」 思考を遮ったピオニーの呼び声に、ルークは全力疾走を余儀なくされた。 「闘技場って何処だ!」 ぎゃーと叫び声を上そうになって慌てて口元を抑えて走り出した。 「それだけは、勘弁してください。フランツさん〜〜〜!!」 陛下が弱いなどと、ルークは欠片も思ってはいなかった。 それでも、泣き落としを使ってでもピオニーを止めたのは、死霊使いが恐かったからだ。最終決戦まで運命を共にした友人。信頼を寄せいないはずなどない。 けれども、ジェイドのピオニーに対する態度を考えるに、ピオニーを闘技場になど赴かせ、かすり傷のひとつでも負わせてしまった暁には、一生ジェイドの嫌味を聞くために生きていかなければならないと、ルークはそう思ったのだ。 折角仲間の元へ帰ってきたのに、後の人生すべてがジェイドの嫌味と共にあると断言されるのならば、自分の生きる意味ってなんだろうと、ルークは思う。 あながち間違っている訳ではないと思う。きっと親友であるガイならばわかってくれるはずだ。 「いいじゃないか、闘技場くらい。」 しかし、ルークの言葉にピオニーは不満そうな表情でグラスを煽る。先程の賢帝ぶりはどこへやら、拗ねた顔など子供のようにも見えた。 「勘弁してくださいよ。未だにジェイドから連絡がないのが奇跡だと思っているんですから。」 ほお。ピオニーの唇がそう形づくられた。にやと嗤う。 「まあ、いいから飲めよ。ルーク。」 そうして、ピオニーはピンと指でルークのグラスを弾いた。 ピオニーの肌に良く似た褐色の液体が、その中で揺れる。氷のぶつかり合う硬質な音が、曲ひとつ流れていない酒場に響いた。 「お前も、成人の儀を終えたんだろ? 立派な大人だ。」 「はぁ」 事実としてそうなのだが、ルークは未だに舞踏会などで振る舞われる口当たりの良いカクテルしか飲んだ事が無かった。未だに話題の中心になってしまうルークは強い酒を飲んで前後不覚になるわけにはいかない。 どんなボロが出て失望させてしまうかもしれないという危惧は、いつもルークを捕らえている。 「俺は、お前と酒を酌み交わすのを楽しみにしていたんだぞ。」 ピオニーはそう告げて、困った様に眉を八の字にしたルークに微笑み掛けた。 「成人した子供と酒を飲む。俺の人生からそんなささやかな希望を奪ってしまうつもりなのか?」 ピオニーの台詞に引っかかりを感じて、ルークは眉間に皺を寄せた。 そうすると、アッシュみたいだなと目の前の男が笑う。 「俺は、フランツさんの子供じゃありませんよ。…というか、いい加減結婚なさったら如何ですか?」 「何を言ってる、子供みたいなもんだ。 お前と俺の年齢差が幾つだと思ってるんだ。それに、結婚は、まぁ必要になったらするさ。だいたいお前は何処かの鬼畜眼鏡かよ。跡継ぎの催促なんか後にしてくれよな。」 矢継ぎ早に出てくる言葉を打ち返す事が出来ない。ルークが口でピオニーに勝てるはずがないのだ。 ほれと再度催促されて、ルークはグラスを手に持った。そうすると、ピオニーは手にしたグラスを重ねてくる。カツンと硬質な音が響いた。 「まずは、乾杯だな。」 「何に乾杯するんです?」 「ああ。」 ニヤとピオニーが笑う。こういう表情をする時は、やっぱりジェイドに良く似ているとルークは思う。勿論、そんな顔を見たのは記憶の中だけなのだが。 「そうだな…約束を守ってくれた『ルーク』に乾杯だ。」 改めてそう告げられ、居心地の悪さがルークの心を揺らした。そう間違いなく自分はルークなのだけれど。 でも…。 「どうした? 困ったような顔になって。」 ルークの内心を知るはずのないピオニーにどう理由をつけようかと、愛想笑いを口元に登らせたルークは、じっと自分を見つめているピオニーも微かに眉を顰めたのに気がついた。 「あの、何でもない…。」 「そして、世界へようこそ。ルーク。」 続けられた言葉に、生きている証である心臓がルークの中で大きくドクリと鳴った。 content/ |