差しだされた手


(ED後捏造です。)

『帰って来い。』と言われ、
『帰ってくる』と約束をした。
 契約はいつでも単純きわまりないものだと思う。



 水音の鳴り響く謁見室に姿を見せた炎は、長く伸びた髪を揺らした。
正面の王座は相変わらず片方が空いていたが、その隣に深く腰を落としているピオニーの傍に、笑みを絶やさぬジェイドが寄り添っていた。
 多くの衛兵の間を堂々とした態度で歩み、ルークは王座と一定の距離を保ったまま深く頭を垂れた。

「帰還致しました。」

 それだけ告げ、顔を上げる。上げた途端に目が合う。 
 視線を逸らさない蒼穹の瞳は、脳裏に浮かぶそれと一致した。最初に此処を訪れた時から彼はそうやって自分を見つめていたと記憶が告げる。
 温度を感じるなどと情緒的な物言いはルークには出来なかった。だが、その色が示すように何処か水面に抱かれている感覚がある。ゆったりとした瞳は、未曾有宇の危機を乗り越えた今も全く変化が見られない。
 寧ろ、もっと深くなったような気がするとルークは思う。不思議と感じる懐かしさをルークはゆっくりと噛み締めた。
 チームの皆と再会した時に感じたものとそれは大差なく、生死を共にし己の信念を掛けて挑んだ戦いに直接加わる事こそ無かったけれど、大きな影響をこの皇帝から受けていたのだと確信出来た。
 互いの深淵を覗き込みたいと望んでいるように、反らされない視線がふいに外れる。ピオニーが唇に拳を当ててコンコンと、軽く咳き込んだ。
 自然に寄ったらしいルークの眉に気付くと、平気だと告げるように笑う。
「俺も歳だな、風邪が治りにくくなった。」
「不摂生が過ぎるからですよ。」
 隣から呆れた声が降る。むとした表情で、ピオニーはジェイドに顔を向ける。
「…お前に言われたくな「何か仰いましたか?」」
 今度はジロリと懐刀に睨まれ、皇帝は肩を竦めた。
「どうだろうねぇ、この態度。俺なんかよりよほど偉そうだ。」
「お言葉ですが、貴方以上に偉い方などこの国には存在しませんよ。ご自愛いただかないと困ります。」 
 へいへい。そんな雰囲気で笑みを引っ込め、真摯な表情がルークに向けられた。思わず、胸元に手を宛て畏まる。
「無事に戻られてなによりだった、ルーク・フォン・ファヴレ殿。世界を救った故英雄として、手を携えて歩む友人として、マルクトは貴公に感謝の言葉を述べねばならない。」
 すと立ち上がる。ルークを呼び寄せるではなく自らが座を降り、ピオニーはルークに近付いた。
 一国の主がするような代物では無いだろうと、慌ててルークは視線をジェイドに向ける。私室ならまだいい、公式の謁見で行われては拙いのではないのか?
以前、ナタリアを窘めてくれた皇帝に対しこれは余りにも非礼過ぎるのではないだろうかと、戸惑うルークに、しかし、ジェイドは笑みを浮かべたまま動かない。

「ルーク。」

 気付くと深い声は、すぐ傍にあった。柔らかな金の糸が微かに頬を撫でる。褐色の腕がゆっくりと首と背中に巻き付いた。成り行き上、背中にまわしたルークの掌が、彼の体温をピオニーに伝え、存在を確かめられているようにぽんぽんと背中を叩かれた。
「へ、陛下…あ、あの…。」
「感謝する、ルーク。何より戻って来てくれた事に一番の感謝だ。」
「ありがとう…ございます。」
 抱擁が解かれ、離れていくピオニーの顔に、ルークは一瞬目を奪われた。
 長い睫毛。蒼い瞳。彼はこんなに綺麗な貌立ちをしていたんだろうかと改めて記憶を探った。記憶との違いを見つける事は出来ない。あの時の自分とそれは確かに同じ。それでも違うものがある事をルークは既に知っている。
 自らの思考を遮るべく、ルークはピオニーから身体を離した。名残惜しそうな表情に苦笑する。そして…。
「さあ、俺の可愛い奴らに会ってやってくれよ。お前がきてくれなくて寂しがってたぞ。」
 わかっていたお誘いに、今度は苦笑いを浮かべた。
 

 親友であるガイとも再会し四方山話(という名の苦労話だった・ルーク談)に花を咲かせた後、ルークはキムラスカに帰還すべくアルビオーレに乗り込んだ。
 乗り込むと、ノエルが計器を睨んで小首を傾げているのが見えた。どうしたと聞けば重量が思った以上に増えているのだと告げる。
 まさか、陛下がぶうさぎを土産にのせたのではあるまいかと、積み荷を点検するが異常もない。離陸と航行に問題は無いでしょうというノエルの言葉を信じて、ルークはグランコクマを後にした。
 町並みが小さくなり視界全てが海へと移る。
 ルークは窓辺に肘をつきながら溜息をついた。何処か絵空事を目の前で演じられている気分が拭えない事だけが、杞憂だ。けれど、これは仕方ない事で、周囲と自分自身が落ちついてきたら、ジェイドにも話しをしよう。あの男の事だ、とっくに気付いているのだろうけれど…そんな事を思いながら視線を窓から外して中に向ける。
 するとルークが座っている場所の斜め後ろ、座席の下からゴソゴソと何かが這い出してきた。その男の顔を見た途端、ルークの眼は真ん丸になりそのまま絶句する。

「よお。」

 謁見室で見せた笑顔と寸分変わらぬ表情を浮かべた相手に返す言葉も無い。不遜な事だと思いつつ、指をさしたまま硬直だ。
「どうかなさったんですか? ルークさん。」
 操縦席から聞こえたノエルの声に、ピオニーは素早く首を横に振った。子供にするように人差し指を口元にあててシーッと呟く。
「や、何でも…な…えとぉ…。」
 狼狽えるルークの仕草を、暫く眺めてピオニーは満足そうに微笑んだ。
 一度深呼吸をして冷静になってみると、ピオニーの着てるのはマルクトの軍服だった。蒼い髪飾りはそのままに髪は軽く後ろで束ね、伊達眼鏡までしている。
 軽く『変装』もしくは『コスプレ』
 ちょっと、興味を惹かれて乗ってみた。飛んじゃったのか、こりゃ困ったな。…などという代物ではないと確信して、背中に冷たいものが流れる。流石のルークにも察しがつく。覚悟の家出だ、間違いない。
 どう言葉を掛けるべきか、頭と身体が硬直したルークに向けて、ピオニーはすと手を差し出した。
「悪い、ちょっとつき合ってくれないか?」
「え…はい。」
 思わず彼の手を掴む。ピオニーはその勢いで立ち上がった。
「ありがとな。」
 にこりと微笑む綺麗な貌に、ルークはこくりと頷いた。
 鬼畜眼鏡の恐ろしい猛攻はしっかりと予測出来たはずだった。きっと、親友も泣いているだろう。しかし、ルークはピオニーの(愛の?)逃避行についうっかりと荷担する選択肢を、確かに自ら選び取ったのだ。


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