「えっと…これ、引越のご挨拶?」

   物音がしていると思っていたけど、隣人が出来たらしい。ガイは、さっき眠ったばかりの脳味噌を叱咤激励して玄関に立った。
 窓から覗くと、赤毛の少年が雑誌位の大きさの包みを手に突っ立っている。腰履きのジーンズといい、後ろ頭をぼりぼりと掻きながら待っている態度といい躾が行き届いているとは言いかねる。それでも悪い人間ではないだろう判断した。客商売をしているからか、なんとなくわかる。
 顔は整っている部類だろう。大きな碧の眼が印象的で、女だと言われてもそれなりに納得出来る端正さだ。
 扉を開けると、慌てて姿勢を正し両手で包みを差し出した。小学生みたいな仕草にガイは口元を手で覆う。可笑しいけど、可愛らしい。
 軽い手応えは、タオル。貰って困るものではなく、ガイは有り難く受け取った。
「隣って、あの先生いつの間に引越ししたんだろうなぁ。」
 勤務時間の都合もあって滅多にお目に掛かることもなかったが、確か美人教師が隣人だったはず…。
「あ、それ、違う。」
 そう言うと、少年はガイが意図した部屋と反対の場所を指さした。
それに、ガイは眼を丸くする。北東に向いた日当たり最悪の部屋に入る物好きがいたんだと、改めて感心した。曰く因縁もあると囁かれる部屋は、しかし激安の家賃だったはず。こう見えても苦学生か何かなんだろうか?
「あ、俺は、ガイ・セシルって言うんだ。ガイでいいよ、よろしくな。」
「俺は、ルーク。よろしくな…じぇなくて、お願いします。」
 本当にこいつ、小学生だな。
 高校生…くらいには見えるけど。ちょっと、心配になってきた。そう思い、ガイはこの間の客の台詞を思い出す。『面倒見が良さそう』
 当たってるかもしれない…。そう言えば、あの客、他に何か言ってなかったか?

「ガイは、一人暮らしなのか?」
「あ、ああ、ルークもそうだろ?」
 ぶんぶんと首を横に振る。
「陛下が一緒。」
 へいか…変わった名前だ。同居人の事だよな? 「でも、忙しい人だから殆ど此処には帰らないって言ってた、困った時は隣に助けてもらえって。」
「は…あ?」
 なんだそりゃ。呆れた奴だ。隣って俺かよ!?
 困惑したガイを増々困惑させるべく予め用意されたかの様に、ルークは上目使いでガイを見つめた。

「俺、腹減ってんだけど、どうしたらいいかな?」

 頭を抱えた。物の例えではなく、本気でガイは両手で頭を抱える。
 得体の知れない厄介な出来事が自分の上に降り掛かって来たのをひしひしと感じていた。


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