そこそこ有名なホテルに属するバーが、ガイ・セシルの勤め先だった。まだ見習いとしてではあるが、バーテンとして腕をふるう毎日。
 昼間はカフェ、夜はカクテルバーとして営業されているそこは、場末の酒場に比べれば大したものではないだろうが、様々な人々(blog で暴露したくなるような変わった輩)が訪れる。
 今夜も、不思議と目を惹く男がカウンターに腰掛けていた。片手で赤い液体の入ったカクテルグラスを玩んでいる。
 肩よりも長い金髪を首の後ろでひとつに纏めて、残る髪は左だけ蒼い髪飾りをしている。服装は取り立てて派手ではないものの、上質であることはガイにも解った。
褐色の肌に、蒼い眼の端正な顔立ち。纏めてしまえば、いい男だ。
 最も、彼が注文したのは『バージン・マリー』
…格好をつけるとそうなるものの、ただのトマトジュースの事。こんな場所で、そんなものを頼むという事実が、女連れではないという理由だろうか。

「なぁ。」
 
 そんな事を思っていると、いつの間に飲み干したのか空のグラスを振っていた。
「ブラッディー・マリー。」
 一瞬、おや?と思う。
「お客様…ウオッカは意外とアルコール度数は高めですよ?」
 平気ですかと含みを持ったガイの問い掛けに、くくっと喉の奥が鳴って、からかわれたんだと気が付いた。
 客相手に怒っても仕方ない、黙ってカクテルを作り渡してやる。
「お前さぁ、結構面倒見が良さそうだな。」
 そんな感想と共に、にかっと笑う男。ガイは、苦笑い。
「そんな事ないですよ。鬱陶しい事は好きじゃないですから。」
「そうか?俺は、自分の鑑定眼には自信があるんだ。お前は絶対世話女房に向いている。」
 褒められているのか、貶されているのか判断のつかない台詞に、愛想笑いだけはしっかりと決めておいた。
「そりゃ、どうも。」
「…な、『赤』好きか?」
 唇にグラスを触れさせて、そう問い掛けられる。

赤…?

 たとえば、トマトジュース。たとえば、夕陽。たとえば、信号。
取り立てて、好きでも嫌いでもない。
たとえば…血?はどうかな…考えた事は無い。唇の色?
自分に注がれている視線に、再度思考を戻す。

「……そうですねぇ。」

ふと、頭に浮かんだ。
惚れた相手の、照れて赤く染まった頬…は、嫌いじゃないなぁ。

「嫌いじゃないかもしれませんね。」

 答えを返すと、相手は満足そうに笑った。それは、異常をきたす日常にの前に起こった些細な出来事。


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