剣技


 刃と刃が触れ合う音が庭に響く。
 何度か打ち込んでいくうちに、ルークはピオニーの剣の長さが完全に彼の間合いであることを知った。
おまけに、皇帝は肩の幅に開いた両足を全く動かしていない。つまり左右に振り分けて自分を動かすことによって、あしらっているのだ。
 技量の差を感じさせるその所行は、否応なく師匠を思い出させる。

『負けたくない。』

 くっとルークの中の負けず嫌いが、大きく鎌首を持ち上げた。
「行きますよ。」
 剣を握りしめて、自分を睨み返すルークに応じるピオニーも、不敵な笑みを浮かべる。自分達と謁見する際に見せる砕けた様子は、今の彼からは感じられない。
 ルークが全体重を掛けて真っ正面から相手の懐に飛び込むと、片刃を手で押さえて、それを凌ぐ。ルークはそのまま剣に込めた力を抜かなかった。
押さえ込める相手とは思わなかったが、少しでもその場から動かしたいと思ったのだ。しかし、ピオニーは、ルークの力を利用して彼の剣を跳ね上げる。
 咄嗟に、ルークは相手から距離を置いた。
 ピオニーが右手から左手に剣の柄を入れ替えると、よく手入れされた刃は月光を反射した。彼の肩にかかる金髪も光を零れさせ、重力に従う。
「いいね。こういう真っ直ぐな太刀筋は嫌いじゃない。ジェイドじゃあ無理だな。」
 心底楽しそうに笑うピオニーに、ルークも苦笑いをした。
「陛下は…ジェイドと?」
「あいつは頭だけだ。」
 剣では相手にならない…と言っているのだろう。ルークは驚いて目を見開く。
ジェイドは強い。譜術もさることながら、武術でも普通のレベルは超えている。
 仲間であるという贔屓目を差し引いても、その評価は変わらないと思う。
「お前の方が強いだろうな。」
「え?」
 蒼い目を真ん丸にして、幼い子供のような表情になったルークに、ピオニーはさて…と声を掛けた。楽しそうに笑っている。
「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうかな?」
「ええ!?」
 ルークは慌てて剣を構え直した。

「実際、陛下が剣をお使いになってるとこなんて初めて拝見しましよ。」
 庭園に作られた屋根の下。柱の影から覗いていたガイが呟いた。その横には、両手をポケットに突っ込んだジェイドが、笑みを浮かべながら立っている。
「…お強いですね。」
「いやいや、ルークの技量もなかなかのもの…ではないですか?剣術の相手をしていた貴方も鼻が高いのでは?」
 陛下が上と評しながらも告げる、薄ら寒い讃辞の言葉にガイは死霊使いの顔を凝視した。微笑を浮かべる顔を見ていると、背中に冷や汗が流れそうになる。
「…旦那?何企みました?」
「いえいえ、この年になると剣の相手は大変だなぁなんて思ってはいませんよ。」

 その瞬間、ガイは全てを理解した。
 ジェイドは自分が陛下の相手をするのが面倒くさくて、ルークを生贄に差し出したのだ。つまり、ルークを迷子にしたのも、それを自分が簡単に探し出せなかったのも全てこの男の差し金。きっと、陛下が何処にいるのかも計算に入れた上での所行に違いなかった。

 ガイは、世間でこの男が畏れられている理由がまたひとつわかった気がした。

「旦那〜。」
「まぁ、いいじゃないですか、ルークだって強い相手と戦えばより経験値も上がりますし、そうすると戦闘も楽になります。陛下も活きのいい相手で喜んでいらっしゃいますよ。」
「そりゃそうでしょうけど…。だったら、普通に頼めばいいじゃないですか。なんでこんな回りくどい事を…。」
「陛下が剣技をすると公言してしまえば観客が集まりますからね。目立つ行動は控えて頂かないと困りますから。」
 人差し指を立ててにっこり笑う。お茶目というには薹が立ちすぎの中年に、ガイは溜息を付いた。

困るのは、あんただけだろう?そう言ってやりたかった。

「つまり…旦那は、『俺だけに』陛下の自慢がしたかったと…?。」
 じと目のガイに、ジェイドは『ははは』と笑った。


〜fin




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